Language: 日本語 English

次期衆院選と「世襲」問題:人口密度などと強い相関-古典的な対立軸示唆 「真意」を探る手掛かりに-(VCASIフェロー、東京財団上席研究員、国際大学教授、加藤創太)

下記の記事は、2009年7月7日の日本経済新聞 「経済教室」に掲載された記事を許可を得て転載したものです。
 
 

 
【ポイント】
  • 議員の世襲、他の先進民主国に比べ突出
  • 産業構造、職業、収入などとも強い相関
  • 日本の政治・政党構造を判断する材料に 



 次の衆院選の主要争点として国会議員の世襲制限が浮上している。民主党が衆院選のマニフェスト(政権公約)に世襲制限を盛り込む方針なのに対し、自民党の党改革実行本部は条件付きで世襲立候補を容認する案をまとめた。二大政党制の下では「争点の収れん」が起こりやすいが、世襲制限では現時点で日本の二大政党間で珍しく明確に立場が分かれている。
 この問題を、有権者はどう考えればよいのか。本稿では世襲議員が突出する日本政治の現状を概観した上で、この現象が日本政治の構造とどう結びついているかをみたい。
 
*** ***

日本政治、特に政権与党の自民党内で、世襲議員の存在は突出している。世襲議員を3親等内の親族あるいは岳父が議員だった者と定義すれば自民党衆院議員の38%が世襲で、選挙区選出議員に限れば48%である。民主党はどちらも18%ずつである。地方議員を親族に持つ議員を入れればこの数字はさらに跳ね上がる。さらに最近の首相7人のうち6人は世襲で、元首相の子あるいは孫である首相が3代続いている。唯一の例外の森喜朗氏も祖父・父が町・村長である。7月2日の閣僚補充人事後、麻生太郎内閣の閣僚18人中12人(67%)が世襲である。
 これらの数字は他の先進民主主義国と比べても極めて高い。米国では定義に幅があるが、世襲議員の比率は5~10%とされる。英下院ではさらに低く、そもそも候補者が頻繁に選挙区を変わるため選挙区の世襲はほとんど生じない。
 世襲議員の突出が多種多様な候補者が競う中から有権者が自由に選んだ結果であるなら、民主主義体制下で文句をつける筋合いはない。だが世襲と非世襲では、党内(公認プロセス)と党外(選挙)の2段階で競争条件に大きな差が生じている。
 まず選挙では、世襲候補は親から「かばん(資金)、看板(知名度)、地盤」の3バンを引き継ぎ、優位に立つ。2005年の総選挙で世襲候補の当選率は72%と、議席を保持している政党の公認候補と郵政造反議員など有力な非世襲候補全体の当選率23%を大きく上回った。
 さらに小選挙区制下では、現実的には、二大政党のいずれかから公認を得ないと当選はおぼつかない。この党内公認プロセスで世襲候補者は明らかに優位に立っている。
 
*** ***

こうした党内・党外の2段階の参入障壁と、それを一因とする世襲議員の突出は、市場主義的な発想からは否定的にとらえられる。競争条件の不平等は、多種多様な人材の政治への参入を阻むからだ。
 市場メカニズムが規律するビジネスの世界では、世襲は全体に分が悪い。米スタンフォード大学のペレツゴンザレス助教授は、創業者や大株主と血縁のある最高経営責任者(CEO)を迎えた企業は、社内労働市場の競争が制限されるため、総資産利益率(ROA)など各種経営指標が落ちることを示した。日本でも、近年多発した食品偽装問題を引き起こした企業の多くは老舗の同族企業である。
 もちろん政治と市場では原理は異なる。市場メカニズム的な発想ではとらえられない世襲の意味も当然ある。二大政党制の理想型とされる英国でもごく最近まで、上院では多くの世襲貴族が議員となっていた。伝統芸能では世襲は一般的で、うまく機能している。この伝統芸能が典型だが、世襲が持つ一つの機能は「継承」や「安定」である。そこではむしろ世相や流行に迎合しない姿勢が求められる。
 政治の世界でも継承は重要だ。特に地方では、候補者の後援会が、地域のコミュニティーや地域セーフティーネットの中核となっている例も多い。それが世襲されることで、信頼や人的ネットワークや安定が蓄積・継承される面はあるだろう。他方、もちろん後援会の継承は、既得権益の維持という負の側面も持つ。衆議院の都道府県ごとの世襲比率
 最近の改革の潮流の下で、変化に抵抗する勢力は「守旧派」と色分けされ、政治的に分が悪かった。一方ここに来て「改革疲れ」や反動と呼べる兆候も見える。人口変動や産業構造変化などが都市に比べ遅い地方では、特にその傾向が強いと考えられる。都市と地方の間の格差や有権者の嗜好(しこう)の亀裂――。世襲問題は最近の政治の大きな争点と強くかかわっている。
 各都道府県の人口密度と世襲議員比率を、議席数で加重して分析すると、人口密度と世襲議員比率とには強い負の相関関係がある(図)。つまり、人口密度が高い都道府県であるほど世襲議員比率は低い。ここでは省くが、産業構造や職業や収入といった変数とも世襲議員比率は有意に相関し、変化のスピードに対する「保守対革新」といった古典的な政治対立軸とも強く関係していることを示唆する。こうした強い特性を持つ世襲議員の制限について、政党のスタンスが大きく異なるとすれば、それは各種の政策争点に関する政党間の差異を一部表象していると推察できる。
 
*** ***
 今回の選挙では争点が見えないとよくいわれる。例えば経済対策では、自民・民主両党の間に大きな方向の差は見いだせない。経済論争が対策枠の大きさ(バラマキ量)とそれを支える財源問題に矮小(わいしょう)化されている中で、自民・民主間で明確に立場が分かれた世襲制限の問題はどんな意味を持つのか。
 マニフェスト(政権公約)などを通じ、二大政党が政策を競い合い有権者が政権選択を行う。これが民主主義の一つの理想型とされてきた。日本に小選挙区制が導入された際もその利点がもてはやされた。だが現状を見れば明らかなように、理論的にも現実的にも必ずしもそうならない。
数理統計学者のホテリングは海岸で海水浴客が均等に散らばる中、売り上げ最大化を目指す2人のアイスクリーム売りがどこに屋台を設置するかを分析した。その結論は、海岸のちょうど真ん中に隣り合う形で2つの屋台が置かれというものだった。
 彼のモデルはその後、政治学者によって政党間競争モデルの基本形として用いられるようになる。二大政党が競い合えば両者の政策ポジションは、アイスクリーム売りがビーチの真ん中に屋台を置いたように有権者の嗜好の中心点に収れんしていくという。その結果、有権者は二大政党の政策的差異が見いだせなくなる。まさに今の日本である。
 例えば都市部と地方。この2つの領域の有権者の志向には古くから亀裂がある。自民党は元来、地方の基盤をベースに勢力を拡張してきたが、1970年代ごろから、地方から都市部への人口移動に合わせ政策ポジションを変えてきた。民主党は都市部から地方に勢力を拡張しつつある。
 ホテリングのモデルが示唆するように、主要政党はこうした大争点で一方に偏る政策ポジションを取らない。都市部にも地方にも口当たりの良い政策が公約され、政策は収れんしていく。だが表向きはそうでも、政党内部では、政治報道で一部伝えられるように、様々な権力闘争や駆け引きで力関係が決まっていく。
 そんな中、世襲制限で自民・民主両党の立場が分かれるとすれば、有権者にとっても歓迎すべきことだ。他の争点との強い相関関係を考えれば、世襲制限問題に関す両党のスタンスから、その他の重要争点――「都市部と地方」「変化と安定」「保守と革新」「効率と公平」など――に関する両党内の力関係を探る一つの手掛かりとなるからだ。
 もちろん世襲議員の突出自体にも問題はある。真の政治主導の実現にとって最も有益なのは、議員の資質向上であ。全国で数千人しかいない議員の親族の中からだけでなく、多種多様な人材が議員を目指し競争する状況をつくる必要がある。これには競争条件の均質化が必要になる。党内外の2段階の参入障壁のうち、党内については、公認プロセスの透明化が有効だ。世襲議員の同一選挙区からの立候補禁止は、劇薬だが多種多様な人材を政治に呼び込む即効性のある対策ではある。
 だが繰り返しになるが、世襲問題は今の日本の政治・政党構造の一つの表象である。有権者がこの問題を判断する際には、この点についての判断も求められるのである。