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「希望」という物語 自ら紡げ(玄田有史)

「希望」という物語 自ら紡げ

玄田有史(VCASIフェロー、東京大学教授) 
 
 
  日経新聞2011年1月7日付「経済教室」にて、VCASIフェロー玄田有史(東京大学教授)氏の原稿が掲載されました。下記に許可を経て、転載いたします。

  ポイント 
 
  • 停滞する社会に求められるのは一筋の希望
  • 希望が広がる一番の手段は雇用対策の充実
  • 日本にはアニマルスピリットの回復が必要

  最近、何かと「幸福」が話題だ。フランスのサルコジ大統領は、経済発展を目指す際にも幸福度を加味すべきだという報告書を2009年に出した。英国のキャメロン首相も、国民の実感している幸福度を示す新指標の開発を検討中という。そして幸福の反対である「不幸」を最小にすることを標榜した菅直人内閣。いずれにも、経済成長を追い求めるよりは、もっと内面的な心の充実を目指そうという考えが見えかくれする。

 はたして幸福追求という戦略は、今後向かうべき新たな針路となるのだろうか。会社にたとえて考えてみる。売り上げも利益も好調が続き、給料もそれなりに払われている。けれども働いている社員には達成感や充実感がまったくない。職場の雰囲気も悪い。そんなとき、業績や報酬だけでなく、社員の意識や感情に配慮し、働く幸福感を高める取り組みは大切だ。職場の雰囲気が暗くて業績もパッとしない会社は数多(あまた)ある。だが職場が暗いのになぜかもうかり続ける会社はない。社員の幸福を重んじることが、結局は会社のメリットになる。

 反対に会社が停滞のまっただ中にあるときならどうだろう。経営陣が「これからは社員の幸福に注力する」といって、社員の心に響くだろうか。給料が増えない。雇用も不安だ。そんな現実から目を背けさせる「逃げ」の方策にすぎないと社員に思われたら、幸福への取り組みも失敗に終わるだろう。政治でも会社でも、幸福の標榜にはタイミングが重要になる。

 幸福と似ているようにみえるのが「希望」だ。希望も幸福も所詮は気持ち次第で同じようなものと考える人もいる。しかし希望と幸福は異なるものである。

 今、幸福を感じているとする。そんなとき人は必ず「このままの状態が続いてほしい」と思う。幸福は、維持や継続を求めるものだ。

 一方、希望は「現在よりも将来はよくなってほしい」とか「未来はもっとすばらしい」と信じられるときに表れる。希望は、変化と密接な関係を持つ。停滞する社会に求められるのは、良い方向に向かっていると確信できる一筋の希望だ。

 筆者らは希望が社会に生まれる条件を探る「希望学」を提唱し、研究を続けてきた。全国の20代から50代を対象に行ったアンケート調査では、3人に1人は、「希望がない」もしくは「希望があるが実現しそうにない」と感じていた。

 反対に、苦しい現実の中でも希望を持っている人の特徴も明らかになった。詳細は拙著『希望のつくり方』で紹介したが、以下では、多くの人が将来に希望を持つためのヒントを記してみたい。

 そもそも希望とは何なのだろう。希望学では外国の研究者とも意見を交えながら、希望(Hope)を「A Wish for Something to Come True by Action」であると考えた。希望は「気持ち(wish)」「何か(something)」「実現(come true)」「行動(action)」という4本の柱から成り立つ。希望が持てない状況では、4本柱のいずれかが見失われている。そして個人の希望に「お互いに(each other)」といえる他者とのかかわりが加わるとき、社会に共有された希望へとつながっていく。

 日本人に「あなたの希望は何ですか」とたずねると「もっとよい仕事がしたい」とか「自分らしく働きたい」など、仕事にまつわる希望を語ることが多い。希望が持てない人の特徴を調べると、仕事に恵まれない場合や、それに伴い収入の乏しい場合も目立つ。希望が社会に広がるための一番の手段は、まぎれもなく雇用対策の充実である。

 では今後、どのような雇用対策が求められるだろうか。総務省統計局『労働力調査』をみると、「医療・福祉」分野で確実に就業は拡大している。02年1月に472万人だった就業者数も、昨年10月時点で670万人まで増えた。健康面で不安を抱えている人ほど希望を持ちにくい傾向もあることから、この分野の一層の成長は、希望の拡大にとっても不可欠である。

 その他に見逃せないのが「専門サービス業」および「その他の製造業」などでの雇用創出の兆しだ。国内雇用で今後希望が持てるのは、専門性に裏打ちされたサービスと、従来の枠組みを超える柔軟性を持ったものづくりの分野だろう。

 さらには教育機会に恵まれてきた人ほど、希望を持ちやすいといった特徴もみられる。09年度には4年制大学への進学率が初めて50%を上回った。しかし経済的理由から教育機会が十分に確保されていない人々も依然少なくない。苦しい状況を打開するのに大切なのは、昔も今も変わらず「勉強すること」である。

 加えて、希望学で明らかになったのは、友達が少ないと思っていたり、孤独を感じている人ほど希望を持ちにくいことだった。昨年は「無縁社会」が話題になったが、自殺、孤独死、ひきこもり、ニートなど、日本人の孤独化現象は深刻さを増している。人と人のつながりがさらに薄れていくとすれば、希望はますます遠のいていく。

 人間関係を一気に回復する方法が一つだけある。共通の敵を仕立てあげることだ。皆の敵を倒すことを目的とすれば一体感はすぐに生まれるだろう。しかし、それはスポーツなどを除けば、社会が選んではいけない禁じ手である。

 だとすれば孤独化を防ぐには、孤立した人を社会に結びつける広い意味でのビジネスが、地道に成長していくしか手はない。人の気持ちや行動に寄り添い、適度に上手なおせっかいができる。そんな高度な専門性を持った人材を政策的に養成していくべきである。そのためにも非営利組織(NPO)、社会的起業、地域活動や芸術振興など、人をつなぐビジネスを担う人々は、今後の日本の希望の星だ。

 希望学では多数のインタビュー調査も行った。希望について語るとき、多くが期せずして用いる言葉があった。「物語」という言葉である。

 挫折を経験し乗り越えてきた人や「いろいろあったけど、結局、無駄なことなど何もなかった」といえる人ほど、希望を持っていることが多い。希望は、前向きの目標というだけでなく、経験による学習を踏まえて進む人生のダイナミズムである。そんな試行錯誤のドラマをあえて生きるという決意が、希望を物語と結びつける。

 経済学では物語という言葉で分析することは少ない。その貴重な例外がジョージ・アカロフ米カリフォルニア大学バークリー校教授とロバート・シラー米エール大学教授の共著『アニマルスピリット』にある。彼らは、人間のアニマルスピリットを考察する柱の一つとして「物語」に着目する。投資を左右する長期的期待の核心であり、ケインズが『雇用、利子および貨幣の一般理論』で「不活動よりは活動に駆り立てる人間本来の衝動」(間宮陽介訳)と記したアニマルスピリット。それは、経済を動かす原動力だ。

 日本から希望が失われたといわれて久しいが、同時にそれはアニマルスピリットの喪失を意味した。バブル経済崩壊後の散々な失敗や、中国・韓国などの台頭に委縮し、諦めムードが社会に蔓延している。かつてささやかれた「勝ち組・負け組」という言葉もすっかり聞かなくなった。満ちているのは「みんな負け組」という鬱々とした気分だ。

 そんななか、自分から何かを衝動的にやるよりは、誰かがわかりやすい解決策を与えてくれるのを待つ依存的な状況も強まっている。今必要なのは、目先の計算だけにとらわれないアニマルスピリットの回復と、フリーランチ(ただ食い)をいまだに期待する依存体質からの脱却である。

 希望学の調査のなか、数々の困難を乗り越えてきた岩手県釜石市のある経営者はつぶやいた。「棚ぼたはない。動いて、もがいているうちに何かに突き当たる」。希望という物語は、与えられるものではない。自分たちの力で紡いでいくものである。今こそケインズの語ったアニマルスピリットの意味をもう一度見つめなおすときである。


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