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「『情報の経済学』と金融危機」(VCASIフェロー・慶応義塾大学教授 池尾和人)

 2009年9月1日よりVCASIフェローである池尾和人氏のコラムが日経新聞に8回にわたって掲載されました。許可を経て、VCASIウェブページに転載させていただきます。
 
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第五回~第八回
 
[1] 非対称性と逆選択
 
 経済学が「情報の非対称性」と呼ばれる状況に本格的な関心を寄せるようになったのは、1970年代の終わりごろからである。それから早30年が経過する中で、情報の非対称性にかかわる経済分析(以下では、「情報の経済学」と呼ぶ)から得られた知見や概念は、経済理論全般に共通する基盤を構成するものになっており、広範な経済現象を解明する上で有益なものであることが確認されている。
 そのことは、今回の米国発の金融危機についても例外ではない。なぜ金融危機が発生し、ここまで深刻化することになったのかを理解するためには、「情報の経済学」の成果が大いに役に立つといえる。そこで本連載では、今回の金融危機に特徴的であったとされる現象をいくつか取り上げ、それらが「情報の経済学」の観点からはどのように理解できるかを解説することにしたい。 
 ただし、まずは本論に入る前に、情報の非対称性とそこから生じるもっとも典型的な困難の1つである「逆選択(アドバースセレクション)」について説明しておこう。
 情報の非対称性とは、取引の両サイドにおいて持っている情報量に格差が存在する状況を意味している。例えば、売り手は商品の品質をよくしっているが、買い手は商品の外見からは本当は品質を知ることができないとか、借り手は自分のリスクの程度を認識しているけれども、貸し手にはそれがよくわからないといった場合に情報の非対称性が存在するという。
 買い手からみて商品の品質が区別できない場合には、「悪貨が良貨を駆逐する」ような現象が生じかねない。質の低い商品が混じっている可能性があるならば、買い手はそのことを反映した安い価格しか払おうとしなくなる。他方、良質な商品の生産にはそれなりの費用がかかるとすると、質の高い商品の販売は引き合わなくなり、市場には安かろう悪かろうといった商品しか出回らなくなってしまう。こうした現象を逆選択と呼ぶ。
 買い手に信頼される方法で品質の違いを伝えることができれば、逆選択は回避できる。そのためには、口で良い品物だというだけなら悪い商品の販売者でも可能だから、第三者に保証してもらうなどの方法が必要になる。
 
 
[2] 投資家の疑心暗鬼
 
 
 サブプライムローン問題について、当初は比較的楽観的な見通しが語られていた。すなわち、その不良債権化が既往の最高水準まで達したとしても米国の国内総生産(GDP)の数%程度の損失であることから、米国の金融機関の財務体力からいって十分に対応可能で、大したことにはならないと。
 それがどうしてここまで危機が拡大し、深化することになったのだろうか。その一因は損失の絶対額は負担可能なものであっても、その損失がどこに潜んでいるかわからなくなってしまったことに原因があるとみられる。
 昨年我が国で起きた「毒入り冷凍餃子(ぎょうざ)事件」の場合でも、客観的には毒入りとみられる冷凍餃子は全体のごく一部にすぎないにもかかわらず、一時的にほとんどすべての冷凍餃子が売れなくなってしまった。これと構造的には同一の現象が起こったと考えられる。
 冷凍餃子の場合に、見ただけで毒入りとそうでないものを私たち消費者は識別できない。それゆえ、もし自分の買ったものに毒が入っていたら困るという疑心暗鬼に陥ってしまい、消費者は購入を手控えることになった。突然に商品の品質が見きわめられないという情報の非対称性が出現することになった結果、前回説明した逆選択が大規模に発生し、ついには市場の消滅に至ったのだといえる。
 サブプライムローンに関しても、同様に、情報の非対称性の存在から逆選択の現象が引き起こされたのだと解釈できる。
 いまやよく知られているように、サブプライムローンの多くは証券化されて、投資家に販売されていた。複雑な証券化の技術が駆使されていたので、サブプライム関連の証券化商品の内容は、ほとんどの投資家にとって当初からブラックボックスであった。しかし、格付け会社が商品ごとの格付けを公表していたので、その格付けによって商品の品質を判断して、投資が行われていた。
 ところで、住宅バブルの崩壊後、大量のサブプライム関連証券化商品の格付けが一斉に引き下げられることになって、格付けの信頼性が失われることになってしまった。格付けが信用できないということになると、それによって解消されていたはずの情報の非対称性の存在が顕在化することになる。
 かくして、情報の非対称性に直面していることを改めて認識した投資家は、投資を一斉に手控えることになり、市場の消滅という事態が引き起こされることになった。
 
 
[3] 格付け会社の行動
 
 
 情報の非対称性が存在する状況でみられる典型的な困難に、逆選択とならんで、モラルハザードと呼ばれる問題がある。
 何らかのサービスの提供を受けるのだが、サービスの需要者からはサービスの提供者(供給者)の行動が観察できない(厳密にいうと、観察できてもそのサービスの内容の適否を立証できない)という情報の非対称性があるとしよう。この場合、サービスの供給者に対し、適切な行動をとるよう促す誘因をうまく与えるような契約を結ぶことはできず、サービスの供給者の行動はゆがんだものとなりかねない。こうした現象がモラルハザードである。そのときのサービス供給者の行動は、自分自身の私的利害には適(かな)うものではあっても、全体の利益を犠牲にするものになってしまいかねない。
 前回述べたように、米国住宅バブルの崩壊後、格付け会社が大量のサブプライム関連証券化商品の格付けを一斉に引き下げざるを得ない状況に追い込まれ、このことが格付けへの信頼を一挙に喪失させる原因となった。こうした状況に陥った背景として、格付け会社による証券化商品に対する格付けがもともと甘かったからだという批判がなされている。
 格付けというサービスの受益者は、投資家である。しかし、格付け会社に対して格付け作業の報酬を払っているのは、証券や証券化商品の発行者である。こうした発行者支払い(イシュアーペイ)のビジネスモデルが、格付け会社の行動をゆがめる原因になったとの指摘が少なくない。すなわち、投資家ではなく、発行者から報酬をもらっているせいで、格付け会社の行動は、発行者の機嫌をとろうとして、発行者に有利な甘めの格付けをする方向にゆがんだというのである。
 これに対する格付け会社側の反論は、格付け会社は自ら評判(レピュテーション)を守る必要があり、厳正な格付けを怠ることは自らの長期的利益に反することになるのであり得ないというものである。しかし、評判への考慮だけで、格付け会社のモラルハザードが完全に抑止され得るという考え方に対しては、否定的な研究結果が存在する。
 そうした研究結果が正しいとすると、厳正な格付けが行われるには、ビジネスモデルの転換や格付け会社に対する一定の規制が必要になる。もっとも、発行者支払いモデルに代え、投資家側が支払うビジネスモデルを導入するとしても、フリーライダー(ただ乗り)問題などが伴い、その実現は容易ではない。
 
 
[4] 証券化の意義と問題点
 
 
 証券化とは、保有する資産を担保に証券を発行することだが、資産保有(運用)機能から組成(オリジネイト)機能を分解(アンバンドリング)することを可能にした重要な金融技術だと評価できる。しかし、それが危機の原因になったといわれることがある。
 ここでいう組成機能とは、審査を行った上で与信を実行して、あらたに債権を作り出す働きである。そして、かつてであれば、債権の組成を行った者(以下、オリジネーターという)が、そのままその債権を資産として満期まで保有し続けるのが一般的だった。
 ところが、近年の米国では、組成した債権を直ちに卸売り(ディストリビュート)して、資産保有(運用)は別の主体に委ねるという傾向が支配的になってきていた。こうした卸売りのための組成(オリジネート・トゥ・ディストリビュート)というビジネスモデルは、売却とともに債権のリスクも購入者に移転されてしまうことになり、当該の債権のオリジネーターはリスクを負わなくても済むことになる。
 このように自らリスクを負わないのであれば、オリジネーターは、当然に野放図な行動をとるようになり、十分な審査も行うことなく債権の粗製乱造をするのは必至だと考えられる。すなわち、卸売りのための組成モデルの登場によってオリジネーターの誘因構造がゆがめられ、モラルハザード的行動を引き起こしかねないことは否定できない。
 しかし、このことは、解決策のない証券化に伴う致命的な欠陥というわけではない。卸売りのための組成モデルに付随しがちな誘因構造のひずみを是正する工夫は十分に考えられる。その代表的なものは、オリジネーターは組成した債権のすべてを売却するのではなく、その一部は留保し、結果にも責任を負う(リスクを分担する)というものである。
 オリジネーターに一定割合の留保を求めることは、けれども、こうした対応は、本来は規制によってではなく、市場規律によって実現されるべきことである。オリジネーターが全くリスクを負わなくなったら、モラルハザードが起こるとことなど、昔から分かり切っていることだからである。それに対応しなかったことこそが、問題発生の原因である。
 換言すると、今回問題が起こったのは、証券化の技術そのものの欠陥というよりも、そうした技術を用いるに際して、投資家側の注意が不足していたからだといえる。

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