Language: 日本語 English

コーポレーションの進化多様性 ―集合認知・ガバナンス・制度

Author(s)

青木昌彦 著/谷口和弘訳

Published Date

Fri, 2011-02-25

Publisher

NTT出版

Abstract

コーポレーション(会社・組織)の本質と行動を進化多様性のひとつとして理解し、ゲーム理論、制度分析、 認知科学の研究成果を取り込んで展開する、比較制度分析(CIA)の創設者・青木昌彦による企業理論の決定版。 オックスフォード大学のクラレンドン講義で行われたレクチャーをもとに、書き下ろした著者10年ぶりの単著。


推薦文



青木昌彦は,ゲーム理論という「社会数学」を用いて,グローバル化という条件下での多様性の持続を説明する過程で,コーポレート・ガバナンスの深層構造を明らかにしている.深遠で,かつオリジナリティの高い彼の分析は,2008-2009年の金融危機の余波をうけたコーポレート・ガバナンス改革の問題に直接光を投じている.
 
――ケンブリッジ大学法学部教授 サイモン・ディーキン
 
 近年,最高の会社のレベルで,不正,腐敗,財政面での無責任といったことが重なったため,インセンティブの重要性を認識した経済学と,社会規範,会社の道徳的文化の重要性を認識した社会学を同時に組み込んだ,現代株式会社のモデルが急務となっている.青木教授は,企業組織にかんする彼の権威ある知識と,認識論的ゲーム理論における文化の役割についての基礎研究を結合し,コーポレーションの学際的モデルをはじめて生み出した.
 
――サンタフェ研究所教授 ハーバート・ギンタス
 
 本書は,コーポレーションの認知的基礎についての厳密な分析を示した開拓者的な著作である.組織形態の多様性の存在,それらを取り巻く歴史的・政治的・社会的・技術的文脈との関連性についての基本的な洞察を与えている.青木教授が進めてきた多くの研究と同様,われわれの株式会社の見方を大きく変えるであろう.
 
――オックスフォード大学サイード・ビジネススクール学長 コリン・メイヤー
 
 ゲーム理論の言語を用いて,一時点での,そして経時的な,コーポレーションの複雑な制度構造・制度的環境を定式化した開拓者的な貢献.
 
――1993年度ノーベル経済学賞受賞/ワシントン大学セントルイス校教授 ダグラス・ノース
 


刊行にあたって:著者ご挨拶
 
 VCASI の活動から何を学んだか/青木昌彦

 
 本書は2010年にオックスフォード大学出版会から出版されたCorporations in Evolving Diversity: Cognition, Governance,and Institutionsの翻訳ですが、VCASIの活動の一環としての『叢書 制度を考える』(NTT出版)の一冊として刊行されました。この書物は2008年のオックスフォード大学におけるクラレンドン講義を土台としていますが,その内容はその講義を真中に挟んでの4年間、VCASIにおいて行った研究や,そこで得た研究交流に負う所が大きいのです。VCASI の目的は,社会の秩序(ルール、制度)とその進化をよりよく理解するため,学際・世代・地理の壁を越境するコミュニケーションの場を実験するということにありますが、そこではこの4年間,私の専門としてきた経済学とゲームの理論の枠を越えて,認知科学(またその基礎としての脳科学)、進化理論,法理論,社会学、政治学、歴史学、ロボット学などの各分野の最前線で活躍されている研究者たち(VCASI フェロー)と若い世代の社会人・学生たち(VCASI フレンズ)のあいだに、バーチャルとリアルの双方の場で、新鮮な討論がおこなわれてきました。そうした場を通じて、私自身考え,学び得たことが,多く本書に反映されています。以下,それらの諸点を簡単に取りまとめてみたいと思います。
 
 第一に,私が学術書として最初70年に発表した『組織と計画の経済学』(岩波書店刊)は,ある与えられた目的を達成する仕組み(メカニズム)が、技術の性格(外部性、規模の経済性など)次第で、どのように市場と組織の間に振り分けられるか,を主題としていました。本書はそうした考えの延長線上に,では、なぜ企業は,コーポレーションという永続的で自己規制的な組織のかたちをとって現れるのかという問題を、その「集合的認知」のシステムという側面に焦点を当てて考えてみました。こうした視点は,企業を一つの「情報システム」として捉えるというアプローチにも連なるともいえますが,その真の狙いはコーポレーションという経済組織の本性の理解に、狭い意味での技術や情報の要請,カネによる支配という客観的要素に替えて、認知という、すぐれて人間的な要素を取り戻すことにあります。そして、集団的な認知システムにおける株主,経営者,従業員(広い意味での労働者)のそれぞれの役割と潜在的貢献の組み合わせ方によって,コーポレーションのアーキテクチャとガバナンスには原理的には5つの基本型があること,そしてそれは最近まで正統派の経済・法・金融理論が主唱してきた株主支配型という理念型にのみ還元しうるものではないことを明らかにしました。それによって,コーポレート・ガバナンス論における株主主権説と複数のステイクホルダーによる信託説という二つの対立した伝統的な考えが,それぞれ相対化されることになります。認知論的な見方の重要性について藤井直敬(理化学研究所)、山岸俊男(北海道大学)、谷淳(理化学研究所)、事業会社を越えてさかのぼるコーポレーションズの歴史的な意味を考える上で源河達史(新潟大学)、池上英子(New School for Social Research), 季衛東(上海交通大学),中林真幸(東京大学),酒井啓子(東京外国語大学)、コーポレート・ガバナンスをめぐって池尾和人(慶応義塾大学),谷口和弘(慶応義塾大学)、宮島英昭(早稲田大学),岡崎哲二(東京大学)、鶴光太郎(経済産業研究所)の各フェローから様々な示唆を得たことを記したいと思います。
 
 第2に、企業組織を「集合的なチーム」、あるいは「合理的主体間の契約関係」として見ることには,根本的に両立不可能な対立があるのか、という問題を考えてみました。このふたつの見方は,伝統的な社会学的アプローチと経済学的アプローチの対立に関わるとも言えましょう。84年に出版した『現代の企業』(岩波書店刊)では,会社企業組織の目的が、どのように株主と従業員の個別利益の葛藤(競争)と折り合い(協定)を通じて浮かび上がってくるか,をテーマとしていました。さらに特定化して言えば,もし企業の成員のあいだに(ナッシュ解の意味で)公平性についての同意が成り立つならば,企業の目的は、企業組織成員の個別的利益の比重づけられた和として表現できることを明らかにしたのです。しかし、株主や従業員が,会社の成長、雇用保障や社会貢献などについて異なった評価を持つ場合には,そうした最大化は企業成員の個別的な利己的行動を約束によって拘束することを必要とします。このように個々のプレイヤーが互いの約束事にコミットしうることを想定した「協調ゲーム理論」にたいし、80年代から90年代にかけて「非協調ゲーム理論」にもとづく,企業理論が主な流れになりました。後者は,個々のプレイヤーの利己的な動機にもとづいて約束事(契約)が事後的に覆されることがないような解を明示的に求めるアプローチです。企業の文脈では,株主を主人(プリンシパル),経営者・労働者をその代理人(エージェント)とするプリンシパル=エージェントの契約理論によって、企業行動が説明されることになります。しかし、こうした個別的な契約関係の背後には,何らかの共通の理解が後ろ盾になっているということはないでしょうか。最近のゲーム理論は、次のことを明らかにしています。すなわち、組織成員の間で移転可能な組織成果の分配について公平性の観念が共有されるならば,個々の組織参加者が各々の個人的物質的利得を追求するよう行動することによって得られる結果は、彼らが同一の目的、すなわち企業のチームとしての利益、を最大化することと同値になるということです。つまり,企業がチームとして成り立つことと,個人が利己的な物質的利益を追求するという想定とが矛盾しないところの、根底的な社会的条件が明らかにされたわけです。もちろん共有されうる公平性の観念は,歴史的に形成される共有知識としての文化および経済・政治・社会の構造の進化に依存しますが,一般的に言って,企業組織は単に効率性追求の道具としてのみあるのではなく,社会関係的な組織としてもありうるということが示唆されるのです。本書ではさらにコーポレーションをも越えた社会秩序一般にとっても,集合的視角と個人主義的視角は必ずしも相反するものではなく,補完的でありうる構造を明らかにしようと努めています(特に第4章)。著者のゲーム理論にかんする理解を深めてくださった点で、神取道宏(東京大学)、金子守(筑波大学)、川越敏司(はこだて未来大学)、小島武仁(Stanford University),松井彰彦(東京大学)、西條辰義(大阪大学)、宇井貴志(横浜国立大学)、安田洋佑(政策研究大学院),また社会のルールの二面性(社会性と個別性)についての議論の相手をしてくださった瀧沢弘和(中央大学)、山岸俊男(北海道大学)の各フェロー、および藤谷武史(北海道大学)、成田悠輔(東京大学)氏に感謝したいと思います。
 
 第3に、本書は、市場を越えた政治や社会関係という文脈におけるコーポレーションの行動をも、ゲーム理論的に明示的に扱おうと試みています。そうすることによって,ダグラス・ノースらの新制度学派や過去十年間支配的な影響力を持ったアンドレイ・シュライファーの法起源論が主張したような、コーポレーションは国家と法による第三者支配によってはじめて成り立つ、という見方から距離を置きます。コーポレーションと国家の形態は,むしろ相互作用しつつ共進化すると見るべきだからだとおもうからです。また、コーポレーションによる社会関係資本の蓄積という概念を導入することによって,会社の社会的責任(CSR)プログラムへの積極的な参加が,どのような経済的、社会的、政治的意味を持つか,の分析をも試みました。これらの分析は、基本的には2001年に出版した 『比較制度分析に向けて』において構想した制度分析の枠組みに依拠しています。しかし、コーポレーションを「集団的認知」のシステムとしてみるという考えと並行的に、制度一般をも、社会の秩序としてのゲームのプレイのしかたに対する「共通認知」を人々の間に生み出す外的表象=集合的な外的認知資産としての側面をより強調することにより、01年の著書の内容をさらに一歩進めることが出来たと自負します。制度の超学際的(trans-disciplinary)な理解にかんしては,橋本敬(北陸先端科学技術大学院)、Carsten Herrmann-Pillath (Frankfurt School of Finance and Management),加藤淳子(東京大学),河野勝(早稲田大学)、大屋雄裕(名古屋大学),鈴木健(東京大学),山岸俊男(北海道大学)各フェローとの対話から多くのことを学びました。
 
 第4に,以上のような一般理論的な考察をバックグラウンドにして、本書最終章では,日本のコーポレート・ガバナンスのランドスケープについての独自の解釈を試みています。そこでは、日本の状況を基本的に制度変化の過渡期における徴候として理解しようとしています。日本のデータについては,VCASIに先立つ経済産業研究所時代の共同研究における宮島英昭氏の業績に多くよっていますが,さらに現状理解を深めるうえで、Gerald Curtis (Columbia University),玄田有史(東京大学)、久米郁男(早稲田大学),宮崎広和(Cornell University),守島基博(一橋大学)、寺西重郎(日本大学)、鶴光太郎(経済産業研究所),山口一男(University of Chicago)各フェロー、および清水真人氏(日本経済新聞)との対話が大いに有意義でした。
 
 このように本書をVCASIでの研究成果物の一つとして、読んでいただけるならば大変に幸いです。


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