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第16回:研修医の「地域偏在」とマッチング理論

研修医の「地域偏在」と
マッチング理論

執筆者:鎌田雄一郎1(ハーバード大学経済学部) 小島武仁2(VCASIフェロー/スタンフォード大学経済学部) 和光 純3(学習院大学経済学部)

1.はじめに:研修医マッチング


  臨床研修制度とは、医学部を卒業した医師達が病院で実地研修をする仕組みのことである。これは世界各国で広く実施されている制度で、日本でも2004 年から必修の臨床研修制度が発足し、医学部卒業生に2年間の研修が義務付けられた。この臨床研修制度の導入に合わせて、どの研修医がどの病院で研修をするかの組み合わせ(マッチング)を明確なルールに従って決める「研修医マッチング」も新たに採用された。そのルールは、アメリカで1950 年代から用いられているDeferredAcceptance Algorithm(DA アルゴリズム)と呼ばれる手続きである。

  DA アルゴリズムではまず学生4と病院が各々の希望順位表(相手方に対するランキング)5をマッチ主催者(日本の研修医マッチングでは「医師臨床研修マッチング協議会」)に提出する。それをもとにマッチ主催者がコンピュータなどを使い、以下のように仮想的な手続きを行う。まず、各学生は自分の第一希望の病院に応募する。各病院は応募者の中から希望順位表で上位の学生を定員が埋まるまで仮マッチ(仮採用)し、残りの学生をアンマッチ(不採用)にする。アンマッチにされた学生は、第二希望の病院に応募する。各病院は、現在仮マッチしている学生と新たに応募してきた学生の両方の中から定員が埋まるまで希望順位表上位の学生を仮マッチし、残りの学生をアンマッチにする(一度仮マッチになった学生でも後になってアンマッチにされることがある点に注意)。これを、新たにアンマッチになる学生が出なくなるまで続け、その時点での仮マッチを最終的なマッチングとする。希望順位表に書いたどの病院からもアンマッチにされた学生は、最終的にアンマッチ確定となる。(なお、ここでは手順をイメージしやすいように「応募する」といった表現を用いたが、すべての手続きは提出された希望順位表に従ってマッチ主催者が行う。)

  DA アルゴリズムはマッチング理論という学問分野で盛んに研究されており、様々な望ましい性質を持つことが明らかにされている。まず、このアルゴリズムは公平なマッチングを実現する方法である。ここでいう公平性とはマッチング理論で「安定性」と呼ばれる特性である。それは「もしもある学生がアルゴリズムで定められた病院以外とマッチしたいと思っても、相手の病院はすでに希望順位のより高い学生たちとマッチしているかこの学生がそもそも受け入れ可能でない(希望順位表に載っていない)ため、その学生とマッチしたいと思わない」という性質である。DA アルゴリズムの結果は必ずこの「安定性」を満たすマッチングになることが知られているのである。また、DAアルゴリズムには無駄のない(経済学でいう「パレート効率性」を満たす)マッチングを実現するという性質もある。さらに学生達は自分の希望と異なる嘘の順位表を提出しても得をしないことも知られていて、希望順位をどう申告するか悩む必要がない。このようにDA アルゴリズムは様々な点で優れており、アメリカや日本のみならず世界各国で導入されてきた(DA アルゴリズムやその応用についてのより詳しい解説は、例えば小島6や安田7による解説記事などを参照されたい)。

2.「医師偏在」と都道府県上限

  さて上にも述べたように、DA アルゴリズムを用いた研修医マッチングは日本でも2004 年度研修より導入され、定着しつつあるように思われる。

  しかしこの制度に対して日本では反対意見が根強いことも事実である。批判の多くは、この制度によって研修医が大都市へ一極集中し、地域医療を疲弊させてしまうというものである。誤解を恐れずあえて要約すると、この主張はおおよそ次のようなものである。必修臨床研修制度を導入する以前は大学病院の医局が強い力を持っており、僻地への医師派遣の役割を担っていた。ところが新制度によって研修医が以前よりも自由に研修先を選べるようになったため、魅力的な研修プログラムがあり生活環境の良い大都市の市中病院へ応募が集中し、結果として地方の大学病院は十分な研修医を集められなくなった。このため、以前研修医が担当していた業務を他の医師が行わなければならなくなり、僻地へ医師を派遣する余裕がなくなってしまった、というのである。

  このような主張の是非を論じるのは本稿の目的ではない。この論考で注目したいのは、こういった批判や要請に応えて、2009 年実施分から研修医の都道府県別募集定員(地域定員)の上限が設定されたことである。見直された制度のもとでは、各都道府県について募集可能な研修医の上限が設定され、この上限を超えて研修医の需要がある地域については、地域内の病院間で募集定員を事前に削減して調整することになった。つまり現在の研修医マッチングではDA アルゴリズムそのものが用いられるのではなく、地域定員に合わせて各病院の募集定員を調整してから、DA アルゴリズムを用いてマッチングを決定しているのである。この方式は当初の研修医マッチングをシンプルに変更するだけで実施できる点で優れている。しかしこのやり方では、例えば学生と病院の希望を十分に汲みとれずに地域定員の充足が過小となる一方、過剰なアンマッチ学生が出てしまう可能性がある。次のような例を考えてみよう。

例1.地域定員の過小充足と過剰アンマッチの発生
  ある地域に2 つの病院A,B があるとしよう。この2 つの病院は、研修医の受け入れを許可されて以来、10 名ずつ研修医を募集してきた。しかし、地域定員が10 名に設定された。そこで地域定員に合わせて募集定員を調整し、病院A,B 各5 名とした。そして、12 名の学生、学生1~学生12がこの地域に応募してきたとしよう。各学生の研修先希望順位は、単純なケースを考え、次の通りとする:

学生1,2,3 は、第1 希望が病院A。第2 希望以下はなし。(病院A の単願)
学生4~12 は、第1 希望が病院B。第2 希望以下はなし。(病院B の単願)

  各病院にとってこれら12 名の学生はいずれも受け入れ可能であり、受け入れ希望順位はどちらの病院も学生1,2,...,12 の順であるとする。

  
 例1 の場合、現在の研修医マッチングでは5 名に調整された定員を使いDA アルゴリズムを実施する。すると、まず各学生が第1 希望の病院に応募し、病院A には学生1,2,3 が仮マッチする。病院B については学生4~8 の5 名までが仮マッチする。学生9~12 の4名は病院B に応募するがアンマッチとなる。そして、この4 名は病院B の単願なのでアンマッチ確定となり、先に得られた仮マッチが最終的なマッチングとなる。結局、地域定員を2 名残して8 名がマッチする。しかし、このマッチングには改善の余地がある。元来病院B は10 名まで研修医を受け入れ可能である。すると地域定員を遵守してもあと2 名は受け入れ可能である。一方、病院B を希望する学生は4 名残っている。よって、この4 名のうち上位2 名の学生9,10 を病院B にさらにマッチさせれば、地域定員を満たしたまま、学生・病院双方の希望をよりよく反映して充足数も高いマッチングが得られるのである。以上の2 つのマッチングをまとめておこう。

●現行方式によるマッチング 病院A に学生1,2,3, 病院B に学生4~8 がマッチ。
学生9~12 はアンマッチ。地域定員に対して2 名未充足。
●より望ましいマッチング 病院A に学生1,2,3, 病院B に学生4~10 がマッチ。学生11,12 がアンマッチ。地域定員は充足。

  本論考では現在の研修医マッチングの方式が改善可能であることに注目し、それを実現する新しいアルゴリズムを紹介する。

3.新アルゴリズム

  前章で述べた問題を改善するため、鎌田・小島8は現行アルゴリズムを改良した新アルゴリズムを作り、理論分析を行った。新アルゴリズムは、調整された病院別定員をアルゴリズム内で自動的に再調整して、安定マッチングを決定する手続きである。そこでは、基本的にはDA アルゴリズムでマッチを決めるが、もしも定員の余った病院がある場合には地域内の他の病院に可能な限り余剰定員を均等に割り振りつつ安定マッチングを実現する。病院別定員をこのように自動的に再調整する点が現行のDA アルゴリズムの利用法とは大きく異なっている。この特性から、新アルゴリズムをFlexible Deferred Acceptance Algorithm(FDA アルゴリズム)と呼ぶ。

  FDA アルゴリズムの詳細を示す前に、そこで使われる重要な用語を導入する。まず研修医マッチングに参加する各病院について、必修臨床研修の実施が許可された際に認定された研修医の受け入れ可能数を設置定員と呼ぶ。そして、地域定員の設定に伴い、それに合わせて地域内で事前に調整された各病院の募集定員を目標定員と呼ぶ。また、FDA アルゴリズムでは、応募が目標定員を超えた病院は、仮マッチ学生に加えて設置定員以内で補欠を一時的に用意する。そして、地域定員が未充足のときは、各病院が順番に1 名ずつ補欠を指名しては、繰り上げ仮マッチを行ない、地域定員の充足を試みる。この手続きを補欠繰り上げと呼び、これをどのような順番で行うか(どの病院から補欠繰り上げをするか)を定めたものを補欠繰り上げ指名順序という。

  これらの用語を用いて、以下では新しい方式であるFDA アルゴリズムを詳しく記述する。【やや込み入った部分もあるので、読み解くのは後回しにして、後段の「FDA アルゴリズムの実施例」を先に読まれても差し支えない。】

F D A アルゴリズム

☆下線部は現行方式にはない、新しく工夫された手続きである。
ステップ1学生からの応募
●各学生は、希望順位表内でまだアンマッチとなっていない病院で一番希望する病院に応募。
*既にいずれかの病院に仮マッチしている学生は、仮マッチしている病院に応募。
*初回は、学生全員が第一希望の病院に応募。
ステップ2 仮マッチと仮マッチ補欠の決定
各病院について、
  • 応募学生をその病院の希望順位表の順に並べる。
  • 目標定員以内の学生を仮マッチとする。
  • 目標定員を超えて設置定員以内の学生を補欠とする。
  • 設置定員より下位の学生と希望順位表にない学生はアンマッチとする。
* ステップ3において補欠を繰り上げて目標定員以上に仮マッチさせる試行を繰り返すが、目 標定員自体は変更しない。常にあらかじめ指定された目標定員を用いる。
ステップ3 補欠繰り上げ 各地域(都道府県)について
  • 地域内の仮マッチ学生の総数が地域定員に達している場合
    • 補欠学生を全員アンマッチとする。
  • 地域内の仮マッチ学生の総数が地域定員未満の場合
    • 予め定めた補欠繰り上げ指名順序に従って、各病院が1 回1 名ずつ、 上位の補欠から仮マッチに繰り上げる。
      • 地域内の仮マッチ学生総数が地域定員に達するまで、補欠繰り上げをする。
    • 繰り上げられなかった補欠はアンマッチとする。>

    • * 補欠繰り上げ指名順序が回って来ても、補欠がいないときは、その病院をスキップして、補欠繰り上げを続ける。
      * 補欠繰り上げ指名順序で最後の病院が補欠繰り上げをしても、なお、補欠繰り上げが必要な場合は、指名順序が最初の病院に戻って補欠繰り上げを続ける。
      * 地域内の仮マッチ学生総数が地域定員に達する以前に、全補欠が繰り上げられた場合は、その時点で補欠繰り上げを終了。
ステップ4 マッチの確定
  • 希望順位表内のすべての病院でアンマッチとなった学生は、アンマッチ確定とする。
  • アンマッチ確定以外の学生の中に、この時点で仮マッチしていない学生がいる場合
    • アンマッチ確定以外の学生全員により、再び、ステップ1から実施。
  • アンマッチ確定以外の学生がすべて仮マッチしている場合
    • アンマッチ確定以外の学生を仮マッチしている病院にマッチさせて、最終的なマッチングとし、全作業を終了する。

F D A アルゴリズムの実施例

  第2 章の例1を用いて、FDA アルゴリズムの手順と特徴を説明する。まず例1 の状況は以下のようにまとめられる。

●病院A とB の設置定員と目標定員、および、地域定員

  病院A 病院B
設置定員 10 10 20
目標定員 5 5 10
地域定員 - 10

●学生1~12 の研修先希望順位

学生 第一希望 第二希望
学生1,2,3 A 無し
学生4~12 B 無し
(*)各学生は、第1 希望にマッチしなければアンマッチとなってよいと考えている。

●各病院にとって12 名の学生はいずれも受け入れ可能であり、受け入れの希望順位はどちらも学生1,2,...,12 の順である。

●さらに、補欠繰り上げを行うときは、病院A、病院B の順で補欠を指名するとしよう。この例について、FDA アルゴリズムは次のようにしてマッチングを決定する。

ステップ1 学生からの応募
各学生が第1 希望の病院に応募。つまり、学生1,2,3(3 名)は病院A に応募。学生4~12(9 名)は病院B に応募。
ステップ2 仮マッチと仮マッチ補欠の決定
学生1,2,3:病院A の目標定員以内なので、病院A に仮マッチ。
学生4~8:病院B の希望順位における上位5 名なので病院B に仮マッチ。
学生9~12:この4 名が仮マッチに繰り上げられても病院B の設置定員10 名以下なので、病院B の「補欠」とする。
ステップ3 補欠繰り上げ
仮マッチ学生が8 名で地域定員である10 名未満なので、2(=10-8)名の「補欠繰り上げ」を行う。つまり、病院A,B の順序で1 回1 名ずつ、保持している補欠を上位者から指名して仮マッチに繰り上げ、2 名分の補欠繰り上げをする。すると、病院A は補欠がいないので病院B が補欠学生9,10 を順次指名して、仮マッチに繰り上げる。そして、残った補欠学生11,12 はアンマッチとする。
ステップ4 マッチの確定
ステップ3でアンマッチとなった学生11,12 は、他に希望する病院がないのでアンマッチ確定とする。このとき、他のすべての学生1~10 は仮マッチしているので、これを最終マッチングとして作業を終了する。

  例1 は単純化した例であり各学生が希望順位表に1 つの病院しか書いていないため、ステップ1~4を一巡しただけでマッチングが確定するが、実際には学生は複数の病院を希望順位表に書くので、通常FDA アルゴリズムはステップ1~4を何巡か繰り返した後に終了する。その場合でも必要な繰り返し数は膨大にはならず、市販のパソコンで十分実行できる程度である。さらに注目すべきことは、FDA アルゴリズムが例1 の解説で述べた「より望ましいマッチング」を与えていることである。DA アルゴリズムには「補欠繰り上げ」がない為、病院B の目標定員を超えた応募者は一律アンマッチとなり望ましいマッチも減らしてしまうが、FDA アルゴリズムはその点が改善されているのである。

 

  上記の実施例に見られるように、FDA アルゴリズムには次のような特長がある。

  • FDA アルゴリズムでは、「補欠繰り上げ」ステップの実行により、充足数が増えて、病院と学生の希望順位をよりよく反映したマッチングが実現できる。
  • FDA アルゴリズムの「補欠繰り上げ」は必ず地域定員を守る。実施例のステップ3を見ると、病院B は4 名の補欠の内2 名のみを仮マッチさせて地域定員を遵守する。従ってFDA アルゴリズムは研修医の地域偏在の解消を妨げるアルゴリズムではない。
  • FDA アルゴリズムは各病院の設置定員も必ず守る。実施例のステップ2 で決まる補欠の数は、補欠を全員繰り上げても設置定員を超えないように設定される。このようにFDA アルゴリズムは人気病院への希望集中をそのまま反映させるアルゴリズムではなく、医師不足に苦しむ病院がより苦境に立たされる心配は少ないと思われる。
  • FDA アルゴリズムでは、学生は真の希望順位を申告することが最適となる。例1 では簡単化のため単願の例を挙げたが、FDA アルゴリズムは「第1希望単願の方が補欠繰り上げされやすい」ということはなく、すべての病院を希望順に正直に書くのが最適となっている。このことはマッチング制度が参加者に信頼されるために重要な性質だと考えられる。

4.おわりに

  近年の医療問題を受けて研修医を「地域連携で育てよう」という意識が高まってきている。このような考えを政策として実行に移す際には、研修先決定のアルゴリズムもその目標にふさわしいものにする必要がある。地域の充足数が増える可能性のあるFDA アルゴリズムは、地域連携医療の実現に役立つかもしれない。また上で述べたように、FDA アルゴリズムは学生や病院の希望をよりよく汲み取ることができ、マッチングの公平性や参加者の満足度を高めることができると思われる。ただし、この方法は新しいものであるために実地に導入されたことがなく、実際にマッチングがどの程度改善するのかはまだ分かっていない。シミュレーションによる検証などによって、研修医マッチングにおいてFDA アルゴリズムを使用した場合の効果をより正確に推定する努力はこれからの課題である。

  • 1 ハーバード大学経済学部研究科院生:http://www.people.fas.harvard.edu/~ykamada/
  • 2 スタンフォード大学経済学部助教授:http://economics.stanford.edu/faculty/kojima?css
  • 3 学習院大学経済学部教授:http://www.gakushuin.ac.jp/univ/eco/teacher/keizai_wako.html
  • 4 ここで「学生」とは、研修を希望する医学部卒業予定者や新医師のことを指す。本稿ではシンプルに「学生」という言葉を用いることにする。
  • 5 すべての相手を希望順位表に載せなければいけないわけではなく、マッチを希望しない相手については希望順位表に載せなくともよい。
  • 6「『ゲーム理論』とマーケットデザイン」日本経済新聞「やさしい経済学」2009 年8月6日
  • 7「マーケットデザインが経済を変える」『経済危機「100 年に一度」の大嘘CONUNDRUM 2009Summer』講談社BIZ (http://www.vcasi.org/node/538)
  • 8 “Improving Efficiency in Matching Markets with Regional Caps: the Case of the Japan ResidencyMatching Program” (http://www.people.fas.harvard.edu/~ykamada/geography.pdf)
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