Language: 日本語 English

池尾 和人

Author(s): 
池尾和人
ISBN: 
4480065296

 

Published Date: 
Wed, 2010-02-10
Publisher: 
筑摩書房
Abstract: 
金融のビジネス・モデルに大きな変革が求められている今、第一人者が金融を原点から考え直す。情報とは何か、信用はいかに創り出されるのかといった、金融の本質に鋭く切り込み、平明かつ簡潔に解説した定評あるロングセラー『現代の金融入門』を、金融危機の経験を総括すべく全面改訂。アメリカの金融におけるリスク取引の功罪を明らかにし、金融システムの安定に必要な規制・監督の仕組みを考察。あわせて、資産価格バブルと非伝統的な金融政策の効果についても検討する。
Field Body: 
 
  先週から引き続きVCASIフェロー池尾和人氏による日経新聞での連載「『情報の経済学』と金融危機」の後半を掲載します。
 
[5] 資産価格のバブル
 
通常時には、ある資産の市場価格がそのファンダメンタル価値(当該の資産を保有していたときに得られる収入の現在価値の総額)を下回っているならば、得られる収入より少ない費用で手に入れられるということであるから、買いの注文が入るはずである。他方、市場価格がファンダメンタル価値を下回っているならば、逆の理由で売りの注文が入るはずである。それゆえ、市場価格をファンダメンタル価値に回帰させるような(均衡回復的な)力が作用することになる。
 
ところが、金融危機の場合には、今回もそうであったように、危機に先立って資産価格がそのファンダメンタル価値から上方に乖離(かいり)する動きが一定期間持続し、その後は、一転して資産価格がそのファンダメンタル価値を下回るとみられる水準にまで下落するという不均衡の累積過程が生じる。
 
こうした資産価格のファンダメンタル価値からの乖離は、なぜ生じ、なぜ(少なくともしばらくの間は)持続するのであろうか。
 
まず、いわゆるバブルといわれるような上方乖離がなぜ起き得るのかについて考えてみる。ファンダメンタル価値よりも割高な価格で資産を購入するというのは、損なことであるから、自己資産で投資をしている場合には行おうとはしないはずである。ところが、他人から資金を預かって運用しているファンドマネージャーの場合には、一種のモラルハザード的行動として、割高な価格で資産を購入することがあり得る。
 
ファンドマネージャーが運用に成功し、例えば10億円儲(もう)けたならば、そのうち2億円を報酬として受け取れるとしよう。しかし、そうであっても、10億円の損を出したからといって、ファンドマネージャーが2億円の補てんをするわけではない。せいぜい解雇されるくらいである。すなわち、ファンドマネージャーは、損失の大半を出資者に押しつけられる余地をもっている。
 
こうした余地は、ファンドマネージャーにとっては資産購入にあたって補助金を与えられているのと同等の効果をもつ。したがって、その補助金相当額の分までは、資産価格がファンダメンタル価値を上回っていても購入することが合理的になる。
 
出資者とファンドマネージャーの間に情報の非対称性が存在し、前者には後者の行動がよく分からないとすれば、この種のファンドマネージャーのモラルハザード的行動を出資者が抑制することは難しい。
 
 
[6] 裁定行動の限界
 
儲(もう)かれば自分のものになるが、損が出たときには、その大半は出資者に押しつけることができて、自分自身の負担にはならない。それゆえ、あるファンドマネジャーがファンダメンタル価値よりも割高な価格で資産取得を行うような行動をとったとしよう。
 
このとき、他のマネジャーにとっては、資産を高い価格で売りつけて鞘(さや)をとって稼ぐチャンスを得ることになるのではないか。そして、こうした鞘とりの行動を他のマネジャーたちが盛んに行えば、結局、売りに押されて資産価格はファンダメンタル価値に回帰することになるはずである。
 
この意味で、ファンダメンタル価格から乖離(かいり)した価格が持続し得るためには、その乖離を利用して鞘を得ようとする他のマネジャーの裁定行動が不十分にしか行われないことを示さなければならない。
 
バブルが発生している状況において、資産価格が割高になっていることが分かっていても、その崩壊に儲ける行動をとることは、決して無リスクではない。割高になっている資産を空売りして、資産価格が正常化した時点で買い戻せば、莫大(ばくだい)な利益が上げられることが分かっていても、いつバブルが崩壊し、資産価格が正常化するかは不確かだからである。
 
空売りを行うためには、その資産を保有している者から資産を借り受ける必要があり、担保資産の手当てが必要になる。バブルの規模が大きいければ大きいほど、市場の体勢に逆らってバブルの崩壊まで持ちこたえなければならないので、長時間にわたって巨額の資金を調達できる能力をもっていないと、実際には裁定行動に立ち上がれない。
 
しかも、出資者によってファンドマネジャーもモラルハザードを防ぐために課されている条件が、裁定行動をとりにくくする制約になっている面がある。例えば、ファンドマネジャーの業績は定期的に相対評価されるのが一般的である。
 
そうした場合に、ライバルのマネジャーはバブルの継続に賭ける行動をとっているにもかかわらず、自分だけがバブルの崩壊に儲ける行動をとって、次の評価時点までにバブルが崩壊しなければ、勝負に負けて極めて低い評価を受けるリスクが生じる。このリスクの存在は、バブルと分かっていても「パーティーで音楽が鳴っている間はダンスをやめられない」という状況にファンドマネジャーを追い込むことになりがちである。
 
 
[7] 取り付けのメカニズム
 
経済に加わった負のショックを増幅し、システム危機にまで至らしめるメカニズムとして、昔からよく知られている代表例は、「取り付け」のメカニズムである。
 
景気悪化や資産価格の下落といったショックが発生した結果、少数の銀行が経営困難に陥ったとしよう。そのことを預金者が察知すると、当然、自分の預金が危うくなる前に預金の払い戻しを求めることになる。ところが、こうした預金の払い戻しの請求が、問題銀行に対してだけ行われるとは限らない。個々の銀行の経営状態の詳細は預金者には分からないという情報の非対称性が存在することから、問題銀行以外の銀行に対しても、預金の払い戻しが求められることになりやすい(一種の逆選択)。
 
銀行は「短期で借りて長期で貸す」ことを業務としているので、その保有資産は非流動的で、その本来の価値どおりに換金するには時間を要する。換言すると、即座に換金しようとすると、「投げ売り価格」(英語では、ファイヤーセールプライスという)でしか処分できず、損失が出ることになる。
 
そのために、本来は経営に問題のなかった銀行であっても、一定割合以上の預金の払い戻しを求められると、それに応じるための保有資産の処分に伴う損失で経営破綻に至る可能性が生じる。そうである以上、一定以上の預金者が預金払い戻しを請求するような行動をとると、他の残りの預金者にとっても預金の払い戻しを求めることが合理的行動になってしまう。
 
こうして銀行に対する取り付けが一斉に発生すると、当初経営に問題のなかった銀行まで破綻に追い込まれる結果になる。この意味で、取り付けは当初の負のショックを増幅し、システム危機をもたらすものである。
 
今回の米国の金融危機においても、ヘッジファンドや投資銀行傘下の投資専門会社は、負債依存度(レバレッジ)が高いだけでなく、短期の資金調達の繰り返しで長期の投資をまかなっていたという点で、銀行と類似の財務構造になっていた。それゆえ、投資家が解約を求めたり、資金提供の更新に応じない行動をとったりすると、ファイヤーセールプライスで保有資産を処分するしかなく、いたずらに損失を拡大させていった。
 
そのために、最終的には銀行取り付けと同様の事態に見舞われることになって、その多くが破綻状態に追い込まれ、金融危機への拡大を引き起こすことになった。
 
 
[8] 流動性のスパイラル
 
今回の米国の金融危機では、銀行取り付けと同様の事態が起きたのと同時に、それとは別の増幅メカニズムも作動したとみられている。それは、市場流動性の消滅に至る「流動性のスパイラル」のメカニズムである。
 
市場流動性とは、取引の実行しやすさのことを意味している。すなわち、取引相手がすぐに見つかって、いつでも当該の財とか資産を売ったり買ったりすることが、市場価格にさしたる影響を与えることなく可能であれば、その市場は流動性に富んでいるといわれる。逆に取引相手を見つけるのが難しかったり、小規模な売り、または買いの注文を出しただけで、市場価格がおおきく変動したりする市場は、非流動的であるといわれる。
 
こうした市場流動性は、最終的な投資家と発行体の存在だけで確保できるものではない。実際にはそれは、裁定や投機を主たる取引動機とするトレーダーの存在があってはじめて十分に提供されるものである。
 
何らかのショックによって、ある資産の市場価格がそのファンダメンタル価値から下方に乖離(かいり)した場合には、通常であればトレーダーは即座に買い注文を出すことによって、市場流動性を提供する。
 
しかし、当初の資産価格の下落があまりに大きいものであると、それによってトレーダーは著しい損失を被り、買い注文を出す余裕を失うだけではとどまらず、資金調達のために保有資産の売却を強いられることになる場合がある。そうしたトレーダーの行動は、資産価格の一層の下落をもたらすとともに、トレーダーの活動がますます不活発になることから、市場流動性の減少につながる。
 
こうした悪循環が「流動性のスパイラル」と呼ばれるものである。今回、米国の多くの資産市場において、このメカニズムが作用し、そのほとんどが機能停止状態に陥ることになって、金融危機が深刻化した。
 
このメカニズムの背後にも、情報の非対称性が存在している。相手方の信用度がよく分からない、あるいはモラルハザード的行動をとられるかもしれないというカウンターパーティー(相手方)リスクを緩和するには、担保の差し入れ等が必要になる。しかし、トレーダーの財務状況が悪化するほど、担保の差し入れ等をトレーダーに求める必要性は増大していくということが、悪循環を引き起こす大きな原因となっている。
 
 

VCASIは今般、企業を含む広義の社団組織としてのコーポレーションという概念の捉え直しを、理論・実証・政策の諸領域にわたって検討する研究プロジェクト「コーポレーション」を立ち上げた。本公開フォーラムはそのキックオフといえるもので、プロジェクトメンバーを中心に今後の課題について広く採り上げ、また議論することを目的としている。フォーラムは、

(1)認知科学の成果を取り入れたコーポレーション概念の理論的検討、

(2)日本・西欧・イスラーム・中国における社団組織の比較分析、

(3) (1)(2)を踏まえたコーポレート・ガバナンスや雇用問題の検討

をそれぞれ主題とする3部より構成され、パネルには総勢15名の研究者・実務家が立った。

第4回VCASI公開フォーラム『コーポレーション』

日時: 
2009年3月28日(土) 10時から17時半
場所: 
日本財団ビル2F 大会議室
発表者: 
青木昌彦(VCASI主宰、スタンフォード大学名誉教授)
源河達史(新潟大学超域研究機構准教授;VCASIフェロー))
池上英子(New School for Social Research教授;VCASIフェロー)
池尾和人(慶應義塾大学経済学部教授;VCASIフェロー)
季衛東(上海交通大学法学院院長、神戸大学法学部教授;VCASIフェロー)
久米郁男(早稲田大学政治経済学部教授;VCASIフェロー)
宮島英昭(早稲田大学商学学術院教授;VCASIフェロー)
守島基博(一橋大学大学院商学研究科教授;VCASIフェロー)
中林真幸(東京大学社会科学研究所准教授;VCASIフェロー)
新原浩朗(経済産業省経済産業政策局産業組織課 課長)
酒井啓子(東京外国語大学大学院教授;VCASIフェロー)
瀧澤弘和(多摩大学グローバルスタディーズ学部准教授;VCASIフェロー)
谷口和弘(慶応義塾大学商学部准教授;VCASIフェロー)
鶴光太郎(RIETI上席研究員;VCASIフェロー)
植田一博(東京大学大学院総合文化研究科准教授;VCASIフェロー)
概要: 

グローバル化した世界において、企業の組織構造とコーポレート・ガバナンスはいかなるものになるのだろうか。

世界的な金融危機に直面する今日、株主志向のコーポレート・ガバナンスへの単純な収斂論には疑問が付され、この問いは一層切実なものとなっている。変化の先を見据えるためには、企業と企業を機能させる政治・社会制度との連関を見つつ、それらの果たす役割に着目することが必要である。他方、認知科学や脳科学における社会的認知に関する知見の蓄積や実験経済学の成果などから、経済学がこれまで依拠してきた、合理的個人を基礎として組織を捉えるモデルの限界が明らかになり、個人と組織の関係を分析する新たなアプローチが模索されている。企業を含む広義の社団組織としてのコーポレーションという概念の捉え直しが、理論・実証・政策の諸領域にわたって求められているといえるだろう。

今般、VCASIでは上述した問いにアプローチするべく、「コーポレーション」をテーマに研究プロジェクトを立ち上げた。本公開フォーラムはそのキックオフともいえるもので、プロジェクトメンバーを中心に今後の課題について広く採り上げ、また議論することを目的としている。

まず第1部では、集団的認知とコーポレート・ガバナンスの形態との結びつきを理論的に考察し、コーポレーションの多様化を分析する視座を提示する。続く第2部では、コーポレーションの自己統治を機能させる文化や社会規範が、それぞれの政治・社会において形成されてきた過程を、日本・中国・西欧・イスラームを事例に、比較・歴史的な視点から議論する。そして第3部では、こうした議論をふまえ、今日の経済危機や雇用問題をみるとき、いかなる政策的含意が引き出せるか議論する。

パネルには社会科学諸分野や認知科学などの研究者・実務家が立ち、ディシプリンを越えた討議を行う。
関心をお持ちの多くの方に、参加をお願いしたい。 (プロジェクトリーダー:青木昌彦)

プログラム:

(1) 第1部 コーポレーションの本質を再考する---認知システムとしての側面から
10:00-12:00
報告:青木昌彦(VCASI主宰、スタンフォード大学名誉教授)
ビデオあり: 
報告ページにビデオあり
Author(s): 
池尾和人、池田信夫
ISBN: 
4822247236
Published Date: 
Thu, 2009-02-19
Publisher: 
日経BP社
Abstract: 
日本の知的レベルの劣化については、既に多くの識者が警鐘を鳴らしている。未曾有の世界同時不況に直面した現在、各国の対応を見てみると、彼我の「格差」がよくわかる。各国の政治家、官僚、学者、そしてマスメディアは何を問題とし、どんな論議をしているのだろうか。それに対して、わが日本は?
ケインズは『一般理論』の結びで、世の政治家や実業家は何十年も前の古い経済思想の奴隷であると書いた。本書は、「市場原理主義」か否かといったメディアが好む粗雑な議論を排し、世界標準となっている経済学の知識をわかりやすく政治家、官僚など政策に携わる人々に提供しよう狙いで、2008年末に4回にわたる対談を行い、緊急にまとめたもの。
池田氏が主に聞き手となり、池尾氏が講義するという形になっている。
内容は今回の経済危機の分析だけにとどまらず、マクロ経済学の新しいコンセンサス、エージェンシー問題、コーディネーションの失敗、政策の時間整合性など経済学的知見をフルに活用して、日本の「失われた10年」の原因分析も含めて説明している。
Field Body: 

First Name(English): 
Kazuhito
Last Name(English): 
Ikeo
Speciality: 

経済学

Interests: 

日本経済、比較金融システム論、企業統治

Recent Thoughts: 

2008年度は、久々のサバティカル(特別研究期間)だったが、春にはちょっとした騒動に巻き込まれ、夏からは金融・経済危機が本格化してきたので、当初の予定は全く反故にせざるを得なくなった。経済危機が起こると、It's interesting time. (Richard Levin)という感じで、経済学者は総じて高揚した気分になるようだ。私もその例外ではなかったが、高揚した米国の経済学者達はめざましいスピードで質の高い分析成果を膨大に積み上げている。それに対して、日本では「市場原理主義は間違っていた」とか「米国型強欲資本主義は終焉した」とかいった雑ぱくな議論しかなく、こんなことではますます知的に後れをとるだけだという危機感を感じた。こうした高揚感と危機感から、池田信夫さんに手伝ってもらって1つ本を出版した。結局、これだけがサバティカルの成果になった。

Publications: 
  • 『なぜ世界は不況に陥ったのか』(池田信夫と共著)日経BP社、2009年
  • 『開発主義の暴走と保身 - 金融システムと平成経済』NTT出版、2006年
  • 『銀行はなぜ変われないのか - 日本経済の隘路』中央公論新社、2003年
Recent Works: 

『現代の金融入門』(ちくま新書)改訂

Affiliation: 
慶應義塾大学

第2回VCASI公開フォーラム 『移り行く資本主義 I:コーポレート・ガバナンスと人的資産』

日時: 
2008年1月18日(金) 15時から18時半
場所: 
日本財団ビル2階 大会議室
発表者: 
Simon Deakin (University of Cambridge)
青木昌彦 (スタンフォード大学;VCASI主宰)
宮島英昭 (早稲田大学;VCASIフェロー)
池尾和人 (慶應義塾大学;VCASIフェロー)
守島基博 (一橋大学大学院)
コーディネーター: 
鶴光太郎 (経済産業研究所;VCASIフェロー)
概要: 
最近の日本や西ヨーロッパでは、コーポレート・ガバナンスと人的資源経営のリンケージに関して新しいパターンの形成をうかがわせるような動きが見られています。この動きはどう解釈されるべきでしょうか?株式市場が企業のコントロールの役割を担う、という最近まで支配的だった考えは、それをうまく説明することができるのでしょうか?
このフォーラムでは、今ヨーロッパでもっとも精力的にこのテーマについての理論的・実証的研究を発表しているケンブリッジ大学教授、同大学経営研究所副所長サイモン・ディーキン教授を招いて討論を行います。VCASIからは青木昌彦主宰が最新の研究成果を発表し、又数人のフェローが議論に加わります。奮ってご参加の程、お願い申し上げます。

議事次第:

第一部 基調講演 (15:00-16:30)

青木昌彦(スタンフォード大学名誉教授;VCASI主宰) 15:00~15:40
Simon Deakin(ケンブリッジ大学法学部教授) 15:45-16:30
ビデオあり: 
報告ページにビデオあり