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経済学

第19回VCASIセミナー「Outline of a Darwinian Theory of Money」

日時: 
2009年12月11日(金)17:00-18:30
場所: 
日本財団ビル3階 A会議室
発表者: 
Carsten Herrmann-Pillath(Frankfurt School of Finance and Management教授)
概要: 
Building on Lea and Webley’s drug theory of money, the paper connects
different theoretical resources to develop a Darwinian theory of money.
The central empirical observation is the neuroeconomic result of the independent role of money as a reinforcer, which matches with a series of other insights into strong emotional impact of money use. Lea and Webley proposed that money piggybacks on a generalized instinct for social exchange. I put this into the more universal framework of the Darwinian concept of signal selection and Aunger’s theory of euromemes. This can be related to Searle’s theory of institutions, especially with regard to his notion of neurophysiological dispositions as a basis for rule-following. Thus, neuroeconomics and institutional theory can be put into one coherent framework of Generalized Darwinism, taking money and its emergence as a case study.

このたび東京財団仮想制度研究所VCASI(http://www.vcasi.org/)では,Witten / Herdecke University,Frankfurt School of Finance and Management教授のCarsten Herrmann-Pillath氏をお招きし,下記の要領で第19回

ビデオあり: 
報告ページにビデオあり

第4回 インクルーシブな社会を目指した障害者政策の構築プロジェクト研究会

日時: 
2009年10月24日(土)13:00から
場所: 
日本財団ビル3階 A会議室
発表者: 
川越敏司(公立はこだて未来大学;VCASIフェロー)
岡部耕典(早稲田大学)
中根成寿(京都府立大学)
概要: 
本プロジェクトでは、「障害者の権利条約」に含まれている人権価値(尊厳、自律、平等、参加)の含意を明らかにしながら、雇用や所得保障をめぐる障害者問題を実証的に検証し、障害の有無を問わず誰もが住みやすいインクルーシブな社会をデザインする構想の中に障害者政策を位置づけるために、具体的な政策提言を試みます。

第4回研究会の今回は、以下の点について報告します。
1.岡部耕典 「民主党が考えている新たな「税」のかたち」
2.中根成寿「立岩真也の社会学と近著『税を直す』の概要」
3.「最適所得税論入門」
2009年10月24日(土)、「インクルーシブな社会を目指した障害者政策の構築」プロジェクト、第4回の研究会が開催された。
2009年9月9日、VCASIではゲーム理論、ミクロ経済理論が専門の神取道宏氏(VCASIフェロー、東京大学経済学部教授)を迎え、第17回VCASIセミナー「経済理論よどこへ行く---2009年の定点観測」を開催した。

第17回VCASIセミナー「経済理論よどこへ行く-2009年の定点観測」(神取道宏先生)

日時: 
2009年9月9日(水)17:00-18:30
場所: 
日本財団ビル2階会議室6
発表者: 
神取道宏先生(東京大学経済学部教授/ゲーム理論、ミクロ経済理論/)
概要: 

この講演では、近接する諸領域と相互作用しながら分析方法・対象を急速に多様化させつつある
経済理論の現在と未来について、特にミクロ経済理論、ゲーム理論をご専門とするお立場から展望
していただきます。

経済学、ゲーム理論に限らず、人文社会科学諸領域、計算機科学、神経科学、生物学、数理科学、
認知科学などの諸領域をご専門とする方々(特に大学院生、学部生の方々)のご参加をお待ちしております。
 

なお、神取先生のご研究については、すでに上に挙げたweb site

http://www.vcasi.org/fellow/%E7%A5%9E%E5%8F%96-%E9%81%93%E5%AE%8F

  先週から引き続きVCASIフェロー池尾和人氏による日経新聞での連載「『情報の経済学』と金融危機」の後半を掲載します。
 
[5] 資産価格のバブル
 
通常時には、ある資産の市場価格がそのファンダメンタル価値(当該の資産を保有していたときに得られる収入の現在価値の総額)を下回っているならば、得られる収入より少ない費用で手に入れられるということであるから、買いの注文が入るはずである。他方、市場価格がファンダメンタル価値を下回っているならば、逆の理由で売りの注文が入るはずである。それゆえ、市場価格をファンダメンタル価値に回帰させるような(均衡回復的な)力が作用することになる。
 
ところが、金融危機の場合には、今回もそうであったように、危機に先立って資産価格がそのファンダメンタル価値から上方に乖離(かいり)する動きが一定期間持続し、その後は、一転して資産価格がそのファンダメンタル価値を下回るとみられる水準にまで下落するという不均衡の累積過程が生じる。
 
こうした資産価格のファンダメンタル価値からの乖離は、なぜ生じ、なぜ(少なくともしばらくの間は)持続するのであろうか。
 
まず、いわゆるバブルといわれるような上方乖離がなぜ起き得るのかについて考えてみる。ファンダメンタル価値よりも割高な価格で資産を購入するというのは、損なことであるから、自己資産で投資をしている場合には行おうとはしないはずである。ところが、他人から資金を預かって運用しているファンドマネージャーの場合には、一種のモラルハザード的行動として、割高な価格で資産を購入することがあり得る。
 
ファンドマネージャーが運用に成功し、例えば10億円儲(もう)けたならば、そのうち2億円を報酬として受け取れるとしよう。しかし、そうであっても、10億円の損を出したからといって、ファンドマネージャーが2億円の補てんをするわけではない。せいぜい解雇されるくらいである。すなわち、ファンドマネージャーは、損失の大半を出資者に押しつけられる余地をもっている。
 
こうした余地は、ファンドマネージャーにとっては資産購入にあたって補助金を与えられているのと同等の効果をもつ。したがって、その補助金相当額の分までは、資産価格がファンダメンタル価値を上回っていても購入することが合理的になる。
 
出資者とファンドマネージャーの間に情報の非対称性が存在し、前者には後者の行動がよく分からないとすれば、この種のファンドマネージャーのモラルハザード的行動を出資者が抑制することは難しい。
 
 
[6] 裁定行動の限界
 
儲(もう)かれば自分のものになるが、損が出たときには、その大半は出資者に押しつけることができて、自分自身の負担にはならない。それゆえ、あるファンドマネジャーがファンダメンタル価値よりも割高な価格で資産取得を行うような行動をとったとしよう。
 
このとき、他のマネジャーにとっては、資産を高い価格で売りつけて鞘(さや)をとって稼ぐチャンスを得ることになるのではないか。そして、こうした鞘とりの行動を他のマネジャーたちが盛んに行えば、結局、売りに押されて資産価格はファンダメンタル価値に回帰することになるはずである。
 
この意味で、ファンダメンタル価格から乖離(かいり)した価格が持続し得るためには、その乖離を利用して鞘を得ようとする他のマネジャーの裁定行動が不十分にしか行われないことを示さなければならない。
 
バブルが発生している状況において、資産価格が割高になっていることが分かっていても、その崩壊に儲ける行動をとることは、決して無リスクではない。割高になっている資産を空売りして、資産価格が正常化した時点で買い戻せば、莫大(ばくだい)な利益が上げられることが分かっていても、いつバブルが崩壊し、資産価格が正常化するかは不確かだからである。
 
空売りを行うためには、その資産を保有している者から資産を借り受ける必要があり、担保資産の手当てが必要になる。バブルの規模が大きいければ大きいほど、市場の体勢に逆らってバブルの崩壊まで持ちこたえなければならないので、長時間にわたって巨額の資金を調達できる能力をもっていないと、実際には裁定行動に立ち上がれない。
 
しかも、出資者によってファンドマネジャーもモラルハザードを防ぐために課されている条件が、裁定行動をとりにくくする制約になっている面がある。例えば、ファンドマネジャーの業績は定期的に相対評価されるのが一般的である。
 
そうした場合に、ライバルのマネジャーはバブルの継続に賭ける行動をとっているにもかかわらず、自分だけがバブルの崩壊に儲ける行動をとって、次の評価時点までにバブルが崩壊しなければ、勝負に負けて極めて低い評価を受けるリスクが生じる。このリスクの存在は、バブルと分かっていても「パーティーで音楽が鳴っている間はダンスをやめられない」という状況にファンドマネジャーを追い込むことになりがちである。
 
 
[7] 取り付けのメカニズム
 
経済に加わった負のショックを増幅し、システム危機にまで至らしめるメカニズムとして、昔からよく知られている代表例は、「取り付け」のメカニズムである。
 
景気悪化や資産価格の下落といったショックが発生した結果、少数の銀行が経営困難に陥ったとしよう。そのことを預金者が察知すると、当然、自分の預金が危うくなる前に預金の払い戻しを求めることになる。ところが、こうした預金の払い戻しの請求が、問題銀行に対してだけ行われるとは限らない。個々の銀行の経営状態の詳細は預金者には分からないという情報の非対称性が存在することから、問題銀行以外の銀行に対しても、預金の払い戻しが求められることになりやすい(一種の逆選択)。
 
銀行は「短期で借りて長期で貸す」ことを業務としているので、その保有資産は非流動的で、その本来の価値どおりに換金するには時間を要する。換言すると、即座に換金しようとすると、「投げ売り価格」(英語では、ファイヤーセールプライスという)でしか処分できず、損失が出ることになる。
 
そのために、本来は経営に問題のなかった銀行であっても、一定割合以上の預金の払い戻しを求められると、それに応じるための保有資産の処分に伴う損失で経営破綻に至る可能性が生じる。そうである以上、一定以上の預金者が預金払い戻しを請求するような行動をとると、他の残りの預金者にとっても預金の払い戻しを求めることが合理的行動になってしまう。
 
こうして銀行に対する取り付けが一斉に発生すると、当初経営に問題のなかった銀行まで破綻に追い込まれる結果になる。この意味で、取り付けは当初の負のショックを増幅し、システム危機をもたらすものである。
 
今回の米国の金融危機においても、ヘッジファンドや投資銀行傘下の投資専門会社は、負債依存度(レバレッジ)が高いだけでなく、短期の資金調達の繰り返しで長期の投資をまかなっていたという点で、銀行と類似の財務構造になっていた。それゆえ、投資家が解約を求めたり、資金提供の更新に応じない行動をとったりすると、ファイヤーセールプライスで保有資産を処分するしかなく、いたずらに損失を拡大させていった。
 
そのために、最終的には銀行取り付けと同様の事態に見舞われることになって、その多くが破綻状態に追い込まれ、金融危機への拡大を引き起こすことになった。
 
 
[8] 流動性のスパイラル
 
今回の米国の金融危機では、銀行取り付けと同様の事態が起きたのと同時に、それとは別の増幅メカニズムも作動したとみられている。それは、市場流動性の消滅に至る「流動性のスパイラル」のメカニズムである。
 
市場流動性とは、取引の実行しやすさのことを意味している。すなわち、取引相手がすぐに見つかって、いつでも当該の財とか資産を売ったり買ったりすることが、市場価格にさしたる影響を与えることなく可能であれば、その市場は流動性に富んでいるといわれる。逆に取引相手を見つけるのが難しかったり、小規模な売り、または買いの注文を出しただけで、市場価格がおおきく変動したりする市場は、非流動的であるといわれる。
 
こうした市場流動性は、最終的な投資家と発行体の存在だけで確保できるものではない。実際にはそれは、裁定や投機を主たる取引動機とするトレーダーの存在があってはじめて十分に提供されるものである。
 
何らかのショックによって、ある資産の市場価格がそのファンダメンタル価値から下方に乖離(かいり)した場合には、通常であればトレーダーは即座に買い注文を出すことによって、市場流動性を提供する。
 
しかし、当初の資産価格の下落があまりに大きいものであると、それによってトレーダーは著しい損失を被り、買い注文を出す余裕を失うだけではとどまらず、資金調達のために保有資産の売却を強いられることになる場合がある。そうしたトレーダーの行動は、資産価格の一層の下落をもたらすとともに、トレーダーの活動がますます不活発になることから、市場流動性の減少につながる。
 
こうした悪循環が「流動性のスパイラル」と呼ばれるものである。今回、米国の多くの資産市場において、このメカニズムが作用し、そのほとんどが機能停止状態に陥ることになって、金融危機が深刻化した。
 
このメカニズムの背後にも、情報の非対称性が存在している。相手方の信用度がよく分からない、あるいはモラルハザード的行動をとられるかもしれないというカウンターパーティー(相手方)リスクを緩和するには、担保の差し入れ等が必要になる。しかし、トレーダーの財務状況が悪化するほど、担保の差し入れ等をトレーダーに求める必要性は増大していくということが、悪循環を引き起こす大きな原因となっている。
 
 
2009年9月2日,第15回VCASIセミナーに引き続き,午後3時から神戸大学経営学部教授の末廣英生氏をお招きして,第16回VCASIセミナー「Experiments onEmergence of Leadership in Teams」を開催した.
 
セミナーのタイトルは,末廣氏が安部浩次氏(神戸大学大学院経営学研究科),小林

第16回VCASIセミナー「Experiments on Emergence of Leadership in Teams」(末廣英生先生)

日時: 
2009年9月2日(水)15:00-17:00
場所: 
日本財団ビル3階A会議室
発表者: 
末廣英生(神戸大学経営学部教授)
川越敏司(VCASIフェロー、公立はこだて未来大学情報科学部准教授)
概要: 

チーム生産において、率先垂範の意味でのリーダーシップがどのように成立するかを実験によって明らかにした。2人の個人が、チーム生産性に関する私的情報を持って、自分で選択する水準の努力を、自分の望むタイミングで、チームのために投入するチーム生産ゲームを考える。このゲームには、パラメーターが一定の条件を満たすとき、複数の均衡が存在する。この条件を満たすモデルを実験した結果、チーム生産性に自信のある個人はリーダーシップ行動をとり、自信のない個人はフォロワーとなる、leadership by confidenceが現れた。次に、このリーダーシップ現象が内生的シグナリングとして生起しているかどうかを検証する実験として、同じ利得の下で私的情報を排除した環境で実験したところ、その環境ではリーダー・フォロワー関係が成立しなかった。さらに、伝達されているシグナルの内容が、送り手のパレート最適選択の提案である可能性を検証する実験を行った。その実験では、約半数の被験者がパレート最適選択を選好しているが、そのような被験者のうち自らリーダーシップをとって(均衡行動ではない)パレート最適選択の提案を行う者は限られていた。
従って、チーム生産におけるリーダーシップの成立には、leadership by confidenceが
均衡として支持されることが鍵となることがわかった。
※この研究は、末廣先生と安部浩次先生(神戸大学大学院経営学研究科)、小林創先生(大阪府立大学経済学部)の共同研究です。

末廣先生のご研究については、すでに上に挙げたweb site

第15回VCASIセミナー「Ambiguity and Risk in Global Games---Theory, Applications, and Experiments」(宇井貴志先生)

日時: 
2009年9月2日(水)13:00-15:00
場所: 
日本財団ビル3階A会議室
発表者: 
宇井貴志(VCASIフェロー、横浜国立大学経済学部教授)
概要: 
プレイヤーがmaxmin期待効用をもつグローバルゲームの理論と応用について説明する。maxmin期待効用は、Ellsbergのパラドクスを説明するために導入された非期待効用の一つで、曖昧回避的な意思決定の代表的モデルである。maxmin期待効用を応用した理論研究は、ファイナンスを中心に数多くあるが、そのほとんどは代表的な個人を前提としている。そこで本報告では、グローバルゲームを用いることで、戦略的状況下の曖昧回避的行動の含意について理論的に検討し、また銀行取付と通貨危機への応用について議論する。加えて、上記の理論に関する実験の設計についても検討したい。

 
宇井先生のご研究については、

http://takashi.ui.googlepages.com/
2009年7月23日、VCASIでは医療経済学、医療政策が専門の兪炳匡氏(VCASIフェロー、米国Rochester大学医学大学院助教授)
と医療経済学、臨床疫学が専門の橋本英樹氏(東京大学医学部、同大学院医学研究科教授)を迎え、第14回VCASIセミナー「医療
 
 
==やさしい経済学== 「ゲーム理論」と人間の限定合理性 はこだて未来大学准教授 川越敏司 1. 前提の人間像を修正  ゲーム理論とは人々の間で必ずしも利害が一致しない状況での意思決定を考える理論のことである。そこではオークションでの競りのように、人々の意思決定は相手との相互依存関係のもとにあり、相手の行動を無視して自分自身の最善の行動を選べない状況が分析されている。従ってゲーム理論では、相手の行動をどう予想するかが重要になってくる。  伝統的なゲーム理論では、「利己的」で「合理的」な人間像を前提として、相手の行動を予想する。ところが、実験室での実験の結果に依拠した行動ゲーム理論と呼ばれる新しい理論が登場し、この前提に疑問を投げ掛けている。行動ゲーム理論が目指しているものは何か。それを理解する鍵は、行動ゲーム理論が目指しているものは何か。それを理解する鍵は、行動ゲーム理論がこれまでのゲーム理論で仮定される人間像をどのように、より現実的で血の通ったものに変えようとしているのかという点にある。その点を交渉実験を例に考えてみよう。  2人のプレーヤーがおり、ゲームの開始時にプレーヤー1には1000円が与えられるとしよう。1はそれを自分に800円残し200円をプレーヤー2に与えるか(提案1)、自分に500円残し500円を2に与えるか(提案2)を選べる。次に、1の提案を見た2は、それを受け入れるか拒否するかを決める。1の提案を拒否すれば2人とも何も得られないが、受け入れれば提案通りの配分がなされる。  「利己的」で「合理的」な人間像を仮定する伝統的なゲーム理論に従えば、1は自分の取り分が大きい提案1を選び、その提案を見た2は、提案を拒否して0円になるよりも、提案を受け入れて、200円をもらうことの方が得なので、提案1が受け入れられ、結局1に800円、2に200円という不公平な配分が実現する。しかし、実際に実験を行って人々の行動を観察すると、多くの場合プレーヤー1は提案2を選び、結果として1に500円、2に500円という配分が実現することが多い。  ゲーム理論の予測と人々の現実での行動とのこの違いはなぜ生じるのだろう。行動ゲーム理論では、伝統的なゲーム理論において前提とされている人間像に問題があると考え、それを置き換えることでゲーム理論を現実に近づけようとしている。 2. 伝統的な理論の限界  今回はゲーム理論をより血の通ったものに変えていこうとして登場した「行動ゲーム理論」の特徴と、伝統的なゲーム理論との違いについて解説しよう。  前回説明したように、伝統的なゲーム理論における利己的で合理的な人間像を前提とすると、ゲーム理論からの予想と現実の人間行動とが大きく食い違ってしまうことがある。なぜなら、現実の人間行動がある程度不合理な側面をもっていることを、伝統的な理論がとらえきれていないからである。  現実には人は必ずしも自己利益にならなくても他人のために行動することがある。チャリティーに募金したり、二度と訪れることのない町のホテルでチップをおいたり、命を落としかねないと分かっていても勇敢に危険な人命救助に向かう人もいる。  こうした他人のための行動、「利他的」な行動は、利己的な人間から見れば愚かで不合理に思われるだろう。これが行動ゲーム理論で考える人間の不合理性の1つ目の側面である。つまり、伝統的な理論が前提としてきた利己的な動機付けを利他的なものに置き換え、人間を利他的な存在であるととらえる考え方である。最近、人が他人に対して感じる罪悪感の、交渉ゲームへの影響をゲーム理論に取り込む研究が進められているが、それはこの流れに属する研究のひとつである。  また、人間が自己利益を追求する利己的な存在であるとしても、最善の選択をするために必要な計算や情報収集のコストが高くつきすぎる場合、人は最善の選択の追求を中途であきらめるかもしれない。このように必ずしも最善ではない状態でとりあえず満足するような人を、「限定合理的」であるという。  そして人間のこうした現実を踏まえ、人はいつでも最善の選択をするという仮定を弱めて、人間をとらえる考え方が「限定合理性の理論」と呼ばれるものである。これが行動ゲーム理論で考える人間の不合理性の2つ目の側面である。  人はミスを犯しがちな存在であることを認めることによって、ゲーム理論の予測を精緻(せいち)にしようとする試みはこの立場に基づいている。  どちらの考え方も現実の人間行動(人間の不合理性)を説明する上で、それぞれ有力だが、よく混同されている。後で述べる理由もあり、最近は後者の限定合理性の理論がより注目されている。このシリーズでも後者に重点をおいて紹介していきたい。 3. 第三者への贈与  前回述べたように、現実の不合理な人間行動を説明しようとする行動ゲーム理論は、それを利他性から説明しようとする考え方と限定合理性から説明しようとする考え方に大きく2つに分かれている。どちらがより優れているのだろう。それを検討するため、哲学者ジョセフ・ヒースがその著書で紹介している事例を取り上げよう。  カナダのあるドライブスルーでの出来事である。その店を訪れる人々は、時々おもしろいゲームをする。まず最初に誰かが自分の分だけでなく、その直後に並んでいる客の分まで支払いをするのである。次の客は自分の代金が既に支払われていることに驚く。そして、その客もまた自分の直後に並んでいる客の代金を支払う。こうして最後に誰かがこのゲームを終えるまで、30分以上もこの第三者への贈与(ギフト・ギビング)が行われる。  この状況は「ムカデゲーム」と呼ばれるゲームの一種と考えることができる。仕組みはこうである。はじめにプレーヤー1に1㌦が与えられ、それをすぐに手にして自分のものにするのか(T)、金額を倍にして相手に渡すのか(P)を決める。Tを選ぶと相手のプレーヤー2は何も得られない。Pを選ぶと、今度は2の手番になる。2もTかPを選ぶと、今度は2の手番になる。2もTかPを選ぶことになるが、その時点で金額は2倍の2㌦になっている。Tを選べば、2は2㌦を手に入れ1は何も得られない。Pを選べば、さらに2倍の4㌦が1のものになるが、2は何も得られずにゲームは終了する。  このように、ムカデゲームではプレーヤーがPを選べば、相手の手に入れる金額が倍になるので、この行動派ギフト・ギビングと考えられる。だが、伝統的なゲーム理論ではこうした行動を説明できない。なぜだろうか。  伝統的なゲーム理論では、プレーヤー1がこのゲームで最後に手番をとるプレーヤー2の行動をどう予測するかをまず考える。2は自己利益を最大化すると想定するので、2はPを選んで何も得られないより、2㌦を得られるTを選ぶと予測。この2の行動を予期しているプレーヤー1は、Pを選べば必ず2はTを選んで、自分は何も得られないと分かっているから、1㌦得られるTを選んだ方がよい。かくして、2が自己利益を最大化すると想定する伝統的なゲーム理論では、1が初めに与えられた1㌦をすぐも手に入れ、2は何も得られないままゲームを終えると予測する。従って、プレーヤー1が2に対しギフト・ギビングするとは考えられないのである。 4. 人間の持つ”利他性”  ムカデゲームにおける人間の不合理な行動、ギフト・ギビング行動を人間の利他性の側面から読み解こうとする考え方を今回は紹介しよう。前回見たように、利己的で合理的な人間像を仮定する伝統的なゲーム理論ではギフト・ギビング行動は説明できなかった。しかし、1990年代に行われた代表的な実験室での実験結果によれば、相手にお金を渡すようなギフト・ギビング行動がしばしば観察されている。  利他性の理論では、こうした現象はプレーヤーたちの中に、ある一定程度、無条件でギフト・ギビングをするプレーヤーの存在を仮定することで説明できると主張されている。つまり、他人が利他的であることを期待している人々が、ギフト・ギビングという現象を引き起こすのだと考えられているわけである。そこで、利他性の理論によって、ムカデゲームにおけるギフト・ギビング行動の発生が説明できるかどうかを次に見ていこう。  利他性の理論では、プレーヤーの一部は自己利益だけではなく、相手の利益をも考慮すると考える。2人のプレーヤーがいるとしよう。前回説明したゲームで考えてみると、プレーヤー1は自分の利益を追求するが、最後に手番をとるプレーヤー2は利他的であると1は予測しているものと想定しよう。すると、この1の予測の下では、2はT(お金をすぐに自分のものにしてしまう)を選んで自分だけ2㌦を手にするよりは、自分がもらえなくてもP(お金を倍にして相手に渡す)を選んで1が4㌦を得られる方を好むことになる。このプレーヤー2の行動を予期しているプレーヤー1は、Tを選んで1㌦しか得られないよりも、Pを選べば必ず2はPを選んでくれて自分は4㌦を得られると予測しているので、Pを選ぶだろう。  もちろん、2が利他的であるのは、1の予想の中だけであり、実験で初めて出会うプレーヤー2が本当に利他的であるかどうかまでは事前にはわからない。しかし、プレーヤー1が(実際にそうであるか否かに関係なく)2が利他的であると想定するだけで、あくまでも自己利益を追求しようとするプレーヤー1がPを選択する、つまり、ギフト・ギビング行動が説明可能になる、という点が重要なのである。こうして、利他性の理論によって、ギフト・ギビング行動が説明可能であることがわかった。ところが最近、この行動を利他性で説明することに疑念を表す研究が出てきた。次回はそれを解説しよう。
First Name(English): 
Yasuyuki
Last Name(English): 
Sawada

 

Speciality: 

開発経済学・応用ミクロ計量経済学

Interests: 

貧困問題、政府開発援助、防災

Recent Thoughts: 

パキスタン・スリランカ・インド・フィリピン・ベトナム・中国・韓国・日本など世界の貧困問題について主にミクロデータを用いながら実証的に研究しています。特に地震などの自然災害や経済危機などの人的災害が人々に及ぼす悪影響や、日本における自殺の問題、最近ではアフリカの貧困削減に役立つ日本の技術に注目しています。

Publications: 
  • Keijiro Otsuka, Jonna P. Estudillo, and Yasuyuki Sawada, eds., Rural Poverty and Income Dynamics in Asia and Africa, Routledge, 2009.
  • Yasuyuki Sawada and Satoshi Shimizutani, "How Do People Cope With Natural Disasters? Evidence from the Great Hanshin-Awaji (Kobe) Earthquake," Journal of Money, Credit, and Banking 40 (2-3), 463-488, 2008.
  • Yasuyuki Sawada and Michael Lokshin, "Obstacles to School Progression in Rural Pakistan: An Analysis of Gender and Sibling Rivalry Using Field Survey Data," Journal of Development Economics 88(2), 2009, pp. 335-347.
Recent Works: 
  • Yasuyuki Sawada and Jeong-Joon Lee, “Precautionary Saving under Liquidity Constraints: Evidence from Rural Pakistan,” forthcoming, Journal of Development Economics.
  • Hirokazu Ishise and Yasuyuki Sawada "Aggregate Returns to Social Capital: Estimates Based on the Augmented Augmented-Solow Model", forthcoming in Journal of Macroeconomics.
  • Yasuyuki Sawada, Kazumitsu Nawata, Masako Ii, and Jeong-Joon Lee, “Did the Financial Crisis in Japan Affect Household Welfare Seriously?” Previously titled: “Did the Credit Crunch in Japan Affect Household Welfare? An Augmented Euler Equation Approach Using Type 5 Tobit Model” CIRJE Discussion Papers F-Series CIRJE-F-498, CIRJE, Faculty of Economics, University of Tokyo, 2007.
Affiliation: 
東京大学大学院経済学研究科
Author(s): 
Takako Fujiwara-Greve and Yosuke Yasuda
Date: 
Sat, 2009-06-20
Abstract: 

In many repeated interactions, repetition is not guaranteed but instead
must be agreed upon. We formulate a model of voluntary repetition by introducing
outside options to a repeated Prisoner’s Dilemma and investigate how the structure
of outside options affects the sustainability of mutual cooperation. When the outside
option is deterministic and greater than the value of mutual defection, the lower bound
of the discount factors that sustain repeated cooperation is greater than the one for
ordinary repeated Prisoner’s Dilemma, making cooperation more difficult. However,
stochastic outside options with the same mean may reduce the lower bound of discount
factors as compared to the deterministic case. This is possible when the stochasticity
of the options increases the value of the cooperation phase more than the value of the
punishment phase. Necessary and sufficient conditions for this positive effect are given
under various option structures.