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VCASI公開研究会『社会のルールについてII』報告

日時:       2008年3月29日(土) 13:00~18:00
場所:    日本財団ビル 2階A会議室
参加者: 瀧澤弘和氏(多摩大学、VCASIフェロー)
  橋本敬(北陸先端科学技術大学院大学、VCASIフェロー)
  成田悠輔(VCASI助手)

さる3月29日土曜日の午後,VCASI研究会「社会のルールについてII」が日本財団ビル2階大会議室において開催された.今回の研究会は1月26日に開催された公開研究会「社会のルールについて」で行われた活発な 議論を深化させ,イシューの洗い出しと今後の学際的研究の方向を探る目的で行われた.以下で述べる3つのレポート・セッションの内容を題材にして,参加者の間で熱気溢れる討論が行われた.

 レポート・セッション1: ジョーゼフ・ヒースの社会規範論 (発表者: 瀧澤弘和)


《プレゼンテーション資料》

はじめに,瀧澤弘和フェロー(多摩大学)から,哲学者ジョーゼフ・ヒースの社会規範理論の枠組みについての報告がなされた.
ヒースは,進化的により古くから人間の脳に形成されてきた部分が行動に影響を与えることを認めつつも,人間社会に見られる社会規範の多くは「合理的」に説明されるべきと考えている.
伝統的な規範の説明においては,予め信念と選好の完全な組を持った合理的な人間同士が相互作用することの結果として社会規範の成立を説明する「ホッブズ的アプローチ」が取られてきた.
このアプローチに対して,ヒースは2つの側面から批判する.第1は,従来の道具的合理性(instrumental rationality)概念の批判である.道具的合理性においては,合理的意思決定の要素として信念(belief)と選好(preference)のみが想定され,それらを組み合わせることで最適な行為が選択されると考えられてきた(期待効用理論).しかし,ヒースは行為そのものに対する選好=規範(norm)もまた合理的意思決定の1要素となりうることを主張して道具的合理性概念を「拡張」し,これによって,自己利益に反しているが義務的制約(deontic constraint)に服しているような行動が選択される事実を説明できるとする.
第2は,信念と選好の完全な組を持った合理的な個人の相互作用として社会規範を説明するホッブズ的アプローチは,合理性から規範性を導出しているという意味で説明戦略が転倒しているとの主張である.信念,選好,規範はすべて言語で表現された命題的内容を持つ「志向的状態(intentional states)」と呼ばれる共通の哲学的性質を持っており,推論における関係の中に置かれることによって,合理的な性質を付与されるが,言語の使用そのものが権利(entitlement)とかコミットメントといった規範的概念によって支えられている.すなわち,合成性を持った言語の発生を説明する「理由を与えたり求めたりするゲーム」において,個々の発言は他の人々が理由として使用することができるという意味で一種のコミットメントとしての意味を持ち,逆に発言の背後にはそうした発言を行うことができる何らかの権利(entitlement)が存在している.要するに,規範的概念は合理性概念に先行するものである.ヒースは,これが人間社会において観察されるさまざまな規範性の根源をなしているとする.
 

 

ディスカッション・セッション1 (コーディネーター: 青木昌彦)



この発表に対するディスカッションの中で,八木紀一郎フェロー(京都大学)は,ハーバーマスの「コミュニケーション的行為」の再構成から出発したヒースの議論を思想史的コンテキストの中に位置付けた.八木フェローは「ハーバーマスの議論は,普遍的道徳律からなるカント的な規範秩序を生成させる背後の社会過程をヘーゲル・マルクスの社会理論に求めるフランクフルト学派の構図を言語行動の世界に移しかえたものである.しかし,ヘーゲルおよびマルクスは,社会関係に道具的合理性をもちこむことによるコンフリクトが克服されるプロセスを「承認の弁証法」の歴史的なプロセスとして,よりクリアに論じていた.ヒースをはじめとした現代化されたバージョンにおいて,コンフリクトとその結果生じる支配関係,その歴史的逆転というプロセス(これが弁証法です)はどのように表現されているのであろうか」とのコメントを寄せた.青木昌彦主宰(スタンフォード大学)からは,ゲーム理論で扱われているゲームにおいては,行動プロフィールに依存した利得が前提とされているので,ヒースが想定している選好がすでに織り込まれていること,ヒースの選好においては規範と道具的合理性の二元論が克服できていないことのコメントがなされた.山岸俊男フェロー(北海道大学)からは,ヒースの理論において,動物や原始社会におけるフードシェアリングのようなものはどのような位置を占めるのかという疑問から,ヒースの規範の説明が合理主義的すぎるのではないかという疑問が呈された.

 

レポート・セッション2: Dynamical Systems Games (発表者: 橋本敬)


《プレゼンテーション資料》
《関連論文1》
《関連論文2》

続いて,橋本敬フェロー(北陸先端科学技術大学院大学)からは,制度変化のダイナミクスをどのように捉えるべきかという問題に関するプレゼンテーションが行われた.
まず,複数の制度が存在する状況で,制度を所与にした行動と制度の相互作用によって,制度そのものが変化していくダイナミクスを考えた理論(ルール生態動学:Rule Ecology Dynamics)に関する橋本フェロー自身の研究の報告がなされた.具体的には,人々の行動の仕方によって,制度の集合全体の中で各制度が持つウェイトそのものを変化させるメタ・ルールを考え,ルールそのものが変化してゆくダイナミックを考察する.ウェイトの変化を規制するメタ・ルールとしては,たとえば大きな利益を生み出す市場ほどより重要となるような「市場メカニズム的」なものや,人々が得る効用が平等であるような制度がより重要となるような「平等主義的」なものなどがある.前者のメタ・ルールのもとでは,1つの戦略が支配的となるとともに,その戦略が最も大きな利得をもたらすような制度が重要性を増すというシミュレーション結果が報告された.これに対して,後者のメタ・ルールのもとでは,特定の戦略が支配的になることがなく,大きなウェイトを持つ制度が革命的に入れ替わるようなダイナミクスが観察されることが報告された.
次に,メタ・ルールの存在を現実の中に求める試みとして,橋本フェローが西部氏(北海道大学),栗田氏(北海道大学),小林氏(北陸先端科学技術大学院大学)と行っている共同研究の概要が紹介された.そこでは,上記のルール生態動学をアルゼンチンにおいて多様な貨幣制度が共存している状況に適用する際に,貨幣,商品,貨幣使用者間にどのようなメタ・ルールが作用しているのかを考察するために行われたアンケート結果が紹介された.
最後に,メタ・ルールを生成するメタ・ルールという無限後退の問題をどのように考えるのかという議論が提示された.橋本フェローは,人間が進化の中で獲得してきた生得的な擬合理性がメタ・ルールの根源にあるという考え方を紹介するとともに,擬合理性の影響を受けながらもそれを超えた合理性を示す人間モデルをいかに構築するのかが課題であると述べた.
 

 

ディスカッション・セッション2 (コーディネーター: 鈴木健)



ディスカッションでは,松井彰彦フェロー(東京大学)からは,ルールだけではなくメタ・ルールを導入することで何が明らかになるのかが重要であるとの指摘がなされた.これに対しては,鈴木健フェロー(国際大学Glocom)から,ルールの中でも早い変化を示すものと遅い変化を示すものが共存するときに,遅い変化を示す後者が前者に対してパラメータとして作用するのだから,一種のメタ・ルールと考えられるのではという意見が提出された.川越敏司フェロー(公立はこだて未来大学)からは,ルール生態動学のモデルで考えられている制度変化が多くの制度の中でのウェイトづけにとどまっていることに対する不満が表明された.そこで考えられていない興味ある制度変化の1つとして川越フェローは,「信仰」という領域と「経済活動」という領域の間の矛盾のようなものから新しい解釈が生まれ,それを通してイスラーム金融が成立するという事例を挙げた.青木主宰(スタンフォード大学)からは,「メタ・ルールを考えると無限後退の問題が出てくる.政治,社会交換,経済交換,共有地など,ドメインごとに異なるゲーム構造を定式化し,それらのあいだの戦略補完性やリンク構造のダイナミクスを考えるべきではないか」という主張がなされた.

 

 

レポート・セッション3: ハーバート・ギンタスの社会科学の統合論 (発表者: 成田悠輔)


《プレゼンテーション資料》
《レジュメ資料》

最後に,成田悠輔氏(東京大学,VCASIリサーチ・アシスタント)からは,ハーバート・ギンタスの「行動科学の統合(Unification of Behavioral Sciences)」の構想についての報告がなされた.ギンタスの基本的アイディアは,ゲーム理論と「遺伝子と文化の共進化(gene-culture coevolution)」の考えを結合することで社会科学の統合を図ることであるとの紹介がなされ,その方法論の応用として相関均衡としての規範の解釈に関する報告が行われた.
ギンタスはまず,ナッシュ均衡を規範として解釈する伝統的なアプローチでは,混合戦略ナッシュ均衡の場合に解釈が困難となることを指摘し,むしろ相関均衡(correlated equilibrium)を社会規範(social norm)として解釈すべきだと主張する.しかし,相関均衡は一般に無限個存在するので,ある特定の相関均衡を選択的にプレーする根拠づけが必要となる.その際にギンタスは,特定の均衡が成立するために人々がどのような知識を持っていなければならないかをゲーム理論によって「演繹的」に導出するとともに,そこで得られた結果を,心理学・認知心理学・脳科学や進化的・歴史的事実から「帰納的」に推論した場合に人々の信念や知識が持つと考えられる構造と突き合わせるという方法をとる.
より具体的に述べると,「演繹的アプローチ」では,均衡が成立するためには,人々が世界状態に関する事前分布を共通に持つことと,他の人々がどのような知識を持つのかということに関する共通知識(common knowledge)が成立していることが,ほぼ必要十分条件でとなることがわかる.その上で,こうした共通事前分布・共通知識が実際にどのようにして成立するのかを,ゲーム理論の領域外における知見を用いて説明しようとする.たとえば,共通事前分布は1つの文化圏の中で生活人々の経験が蓄積されることにより歴史的に説明できるとする.より問題含みなのは,他人の持つ知識についての知識が持つ性質に関連する共通知識という概念である.よく知られているように,ある事象(E)が共通知識になるということには,その事象を各人が知っているというだけでは十分ではない.追加的な条件の1つとして,その事象Eの部分事象(N,これはEのパブリック・インジケータと呼ばれる)が存在し,自分がNを知っているならば,他のすべての人々がEを知っているということ(Symmetric Reasonerの条件)が必要となる.ギンタスは,この条件の成立をミラー・ニューロンや心の理論といった人類学的・心理学的知見によって説明することができる可能性を示唆する.
 

 

ディスカッション・セッション3 (コーディネーター: 瀧澤弘和)



ディスカッションにおいては,山岸俊男フェロー(北海道大学)からは,ギンタスはドメイン一般的(domain-general)な選好というものを想定しているが,進化心理学者が考えているようなドメインごとのif-thenの行動ルールで考えることで十分であり,その方が説明戦略としてparsimoniousではないかという指摘がなされた.川越敏司フェロー(公立はこだて未来大学)からは,「規範の説明に相関均衡を用いるということで法規範の説明が期待できると考えたが,ギンタスのように共通知識を厳密に解釈しようとすると,法規範に対する共通知識が必要ということになり,かなり現実とは異なってくる」というコメントが提出された.むしろ,法規範は信頼性主義(reliabilism)的なメカニズムによって成立していると考えられるとの指摘である.


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