Language: 日本語 English

行動経済学「『ゲーム理論』で読むバブル経済」(VCASIフェロー、政策研究大学院大助教授・安田洋祐) 第五回~第八回

>> 前回の記事へ

[5] 自分の情報を無視

 ここまではバブル分析を謳(うた)いながら、実際はいかにそれが難しいかを解説するにとどまっていた。後半では前回注目した情報の非対称性を足掛かりに、バブル分析のための理論をいよいよ見ていくことにしよう。今回と次回は合理的な投資家が他人の行動から情報をアップデート(新しいものへ更新)することによって、あたかも非合理に見える群衆行動をもたらしてしまう、合理的群衆行動(Rational Herding)について取り上げたい。まずは、資産市場のことは少し忘れて以下の簡単な例を考えてみよう。
 
 今、通りに2軒のレストランA、Bが軒を連ねて並んでいるとする。この通りに順番に客が訪れ、どちらかを選んで入っていくとしよう。客はそれぞれどちらの店の方がおいしいかについて独自に情報を得ており、自分の得た情報と他の客の得た情報を総合して店を決定する。具体的には、Aの方がおいしいという情報の数がBの方がおいしいという情報の数を上回っていればAを、逆であればBを選び、同数の場合には自分の得た情報に従うことにする。この時、k番目に通りへとやってきた客(客kと呼ぼう)はどのようなレストランを選ぶことになるだろうか。
 
 まず、k=1の場合は簡単だ。自分が最初の客で、観察できる他人の情報は何もないため、自分の受け取った情報がAであればA,BであればBを選ぶのが最適となる。つまり、受け取った情報がそのままレストラン選択の行動として表れるのである。それではk=2についてはどうだろう。この場合は、客1の得た情報と自分の情報を合わせて考えなければならないが、先ほどの仮定よりも、もしも2人の得た情報が一致していればその店を選び、食い違っている場合には自分の情報に従うことになる。結果として、客1の行動とは関係なく、自分の情報に従うのが客2にとっては最適となることが分かる。
 
 さて、次にk=3を考えてみよう。もしも客1と2が異なる店を選んでいたとすると、それは2人の得た情報が異なることを意味するため、客3は自分の情報のみに従うのが最適となる。逆に客1と2が同じ店を選んでいたとすると、2人の情報は同じになるため、客3は自分の情報がAとBのどちらであっても、前の2人の選んだレストランを選ぶ。つまり、自分の情報を無視(これを情報カスケード、Information Cascadeと呼ぶ)して前の客たちの真似(まね)をするようになる。これがk=4以降も延々と続く続くことになる。


[6] 間違い誘う“群集行動”


 前回はレストランの例をもとに、合理的群衆行動がいかにして発生するかを見た。最初の2人がたまたまAの方が美味(おい)しいという情報を得た場合には、3人目以降は自分の情報を一切参考にせず(=情報カスケード)Aを選ぶのが最適となる。仮に10人の客がいたとして、最初の2人を除いて残り8人がすべてBの方が美味しいという情報を得ていたとしても、情報カスケードが起こることによりすべての客がAを選んでしまうのだ。これは一体何を意味するのだろう。
 
 10人中8人がBという情報を得ているのであれば、実際にはAではなくBの店の方が美味しい可能性が高い。つまり、客の持つすべての情報を総合した、全体としての最適な予想はBとなる。しかし、それにもかかわらず客はBではなくAを選び続けるという、一見すると“非合理な”群衆行動が発生してしまうのである。これは、参加者全体の予想と彼らの行動が食い違っていることを意味する。その結果、美味しくない方のレストランに行列ができてしまうというわけだ。
 
 このストーリーを資産市場に当てはめると次のようにいえるだろう。Aを“買い”、Bを“売り”と解釈すると、市場全体では売り情報を得ている投資家が多いにもかかわらず、いったん買いの流れが生じると、残りの投資家が買いに殺到するという群集行動が生じる。この結果、市場価格がファンダメンタルズから離れてバブルが発生する。個々の投資家は他の投資家がどのような情報を得ているのかを直接観察することができないため、お互いの売買行動や市場価格から間接的に情報を推測するしかないというのがポイントだ。このように、情報のやりとりに現実的な制約が課された状況では、投資家が合理的であるにもかかわらず、否個々の投資家が合理的であるからこそ、全体として市場は間違えるのである。これは市場が常に正しい予想を形成すると唱える、効率市場仮説とは極めて対象的である。
 
 以上、合理的群集行動の理論を用いて、いかにして市場が投資家の持つ情報を織り込むことに失敗し、バブルが発生するのかを説明してきた。群集行動を個々の合理的な投資家の学習行動からミクロ的に説明するこのアプローチは、バブルの理論分析を代表する新しい研究の一つであり、バブル現象の重要な側面をとらえる成果をあげた。次回は合理的な投資家と非合理的な投資家が混在する状況を扱った、最新の研究について見ていきたい。


[7] バブルに乗る投資家


  合理的群衆行動の理論では、投資収益の最大化を行わない非合理な投資家が一切存在しないにもかかわらず、個々の投資家の持つ情報が市場に織り込まれずにバブルが発生する様子をうまく描写することができた。しかし、その一方で、この理論の下ではどの投資家もバブルの存在に気が付くことがないため、現実のバブルで観察される、投資家に関するいくつかの重要な行動を説明できないといった問題も抱えている。その一つが、いわゆる「バブルに乗る」(Riding Bubble)と呼ばれる投資行動である。
 
  合理的な投資家が、バブルの発生を知りながらも高値で売り抜けようとして買いポジションを張り続けるバブルに乗る投資行動は、古今東西のバブルに共通する現象だ。古くは18世紀に英国で起きた南海バブルにおいて、かの科学者、ニュートンもバブルに乗ったことから大きな打撃を受け、「天体の動きなら計算できるが、人々の狂気までは計算できなかった」と述懐している。米国におけるITバブル崩壊の際にも、最も合理的な投資家と考えられるヘッジファンドの多くが被害を受けており、ある経営者は売り抜けに失敗した理由を尋ねられた際に(野球に例えて)「我々はまだ8回かと思っていたが、すでに9回だった」と返答している。
 
  このようなバブルに乗る行動を説明する上で鍵を握るのが、非合理な投資家の存在である。合理的な投資家はバブルの発生に気が付いた際に、非合理な投資家へ資産を売ることにより収益を上げることができる。しかし、もしも自分が資産を売った後に、バブルが弾けずにさらに膨らみ続けた場合には、追加的な収益を上げる機会を失ってしまうことになる。先ほどの経営者がいい残しているように、ゲーム終了ギリギリの9回まで粘って売り抜けるのが一番儲(もう)かるのだ。
 
  近年になって、このバブルに乗る行動がもたらす、バブルが弾(はじ)けなかった場合のリターンの上昇と弾けるリスクの上昇のトレードオフをうまく表現する理論研究がいくつか登場している。
 
  合理的な投資家がバブルの存在について独立に情報を受け取るため、売買行動を同調させてうまくバブルの火消しを行うことができない、という投資家のシンクロナイゼーションリスクに注目した研究や、非合理な投資家が少数いる時に、合理的な投資家が非合理な投資家のフリをしてバブルに乗ろうとすることを示した研究などが知られている。


[8] 自信過剰が原因に


 最終回は、収益最大化を目指すという意味では合理的である一方、心理的なバイアスに染まっているという点では非合理な投資家に焦点を当てた最新の研究を紹介したい。投資家の心理的なバイアスに関しては様々な仮説が考えられるが、ここでは「自信過剰(overconfidence)」を取り上げる。具体的には、各投資家はそれぞれ独立にファンダメンタルズに関する情報を受け取るが、常に自分の情報の方が他人の情報よりも精度が高いと一貫して勘違いすると仮定しよう。
 
 このような心理的なバイアスが存在する状況では、ファンダメンタルズに関する情報が投資家の間ですべて共有されたとしても、依然として将来に対する予想が食い違うことがあるため、投機的な取引が発生する。第4回で触れた不可能性定理(No Trade Theorem)が成り立たないのである。もちろん投機的な売買が行われたからといって、直ちにバブルが発生するとは限らない。楽観的な投資家と悲観的な投資家が同じだけ市場に存在すれば、自信過剰によって生じたお互いのズレが消しあってバブルは発生しないからだ。
 
 それでは、自信過剰はバブルを生み出すことはないのであろうか。ここで鍵を握るのが、現実の多くの市場で観察される売りと買いの非対称性である。例えば、先物市場が存在しない、空売りが禁止または制限されているような場合には、売りは資産の所有者しか行うことができない一方で、買いはどの参加者にも許されている。このような状況では、将来の値上がりを期待する楽観的な買いが値下がりを期待する売りによって適切にバランスされないため、価格が上ブレしてバブルが発生する。自信過剰な投資家と売買に関する非対称性を組み合わせることによって、初めてバブルを説明することができるのである。
 
 以上、経済におけるバブル分析の動向を追ってきた。バブル現象の解明は、ゲーム理論アプローチの進展によってこの10~20年で急速に進んでいる。そこでは、投資家の学習行動や心理的なバイアス、売りと買いの非対称性といった現実的な要因を、いかに理論とうまく融合させるかが重要であった。今後の研究としては、これらの要素の中でも特に今回紹介した投資家心理に注目する研究が増えていくことが予想される。バブル分析のさらなる発展に期待したい。
 
 =おわり