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第20回VCASIセミナー「社会科学の哲学から見た神経経済学---協力行動と嗜癖」

2009年12月14日,社会科学の哲学が専門の吉田敬氏(東京大学グローバルCOE「共生のための国際哲学教育研究センター」(UTCP))をお迎えし,第20回VCASIセミナー「社会科学の哲学から見た神経経済学」を開催した.

発表では,まず初めに,日本ではあまり知られていない「社会科学の哲学」という学問領域がどのようなものであるかについての解説がなされた.社会科学の哲学とは,社会科学に関する哲学であり,主に社会科学の認識論的・方法論的考察を行う学問領域である.かつては方法論的考察が中心だったが,今日では存在論的考察も行われるようになってきたという.
社会科学の哲学において伝統的に問われてきた問題の例としては,以下のようなものがある.

・自然現象と社会現象は根本的に異なるのかどうか
・社会科学の目的と方法は自然科学の目的や方法と異なるのか
・社会科学において,科学者自身の価値観はどのように位置づけられるべきなのか
・社会というのは,個人の総和なのか,あるいはそれ以上の存在なのか

吉田氏自身は,人類学と社会学にかかわって出てきた合理性論争---異文化には異なる合理性があるのかどうかに関する論争---で研究をすすめてきたが,現在はUTCPにおいて神経経済学の哲学に関心を移しており,この日の発表は神経経済学に関するものであった.

今日,神経経済学---人間の経済行動の神経科学的研究---は顕著にプレゼンスを高めている一方で,標準的経済学者や実験経済学者からは厳しい批判が寄せられている.標準的経済学者の批判としてはGul and Pesendorfer(2008)が,実験経済学者による批判としてはHarrison(2008a,b)がある.このうち後者の批判の流れに対し,「経済学の哲学」の専門家であるドン・ロスは,神経経済学には2つのスタイルが存在するとし,ハリソンの批判が当てはまるのは,そのうちの1つのスタイルに対してだけであるとしている(Ross 2008).2つのスタイルの第一のものは,「スキャナー内の行動経済学(BES)」と呼ばれるものであり,行動経済学の実験をスキャナー内で行うものである.フェールやキャメラーなどが代表的とされる.第二のものは,グリムシャー,
モンタギューなどを代表的とする「神経細胞経済学(NE)」であり,これは神経細胞の活動を経済学的に
分析するものである. ロスによれば,前者にはハリソンの批判があてはまるが,後者はそうでない.

BESの代表例としては,協力行動の神経経済学があげられる.囚人のジレンマ,最後通牒ゲーム,信頼ゲームなどで合理的経済人を前提としては説明できない行動が観察されるなかで,その行動の神経科学的な基盤を探る研究が多数繰り広げられてきた.この流れの研究に基づき,フェールは「強い互恵性」という概念を提唱している.「強い互恵性」とは,「他者が協力的に,規範を順守する場合には,それに利他的に報い,規範を破る場合には,利他的に制裁を加える.たとえ報いたり制裁することで自分に利益がなくても,強い互恵者は,そのコストを引き受ける」(Fehr and Fischbacher 2003, p.785)というものである.

NEの例としては,ギャンブル依存症の神経経済学がある.疾患的ギャンブル(disordered gamble)には非嗜癖的なものと嗜癖的なものがあるが,ロスらは,後者は報酬系の機能不全に由来するので,行動的診断によるのではなく,神経科学の知見に基づいて診断と治療を行う必要があるとしている.

BESは標準的経済学やゲーム理論の基本的想定---合理的経済人の仮定---に対して批判的であり,それを退けよう,あるいは改善しようとするが,NE にはそうした態度はあまりないという特徴が見られる.それでは,BESとNEという2つの流れを持つ神経経済学はどうなっていくのだろうか.

BESの実験の多くは,人間の被験者に何らかの課題を行わせてどの脳部位が賦活したかを調べるものである.しかし,2つの互いに関連する問題がそこにはあると吉田氏は指摘する.第一は,被験者に課した課題と賦活した脳部位との関係は,相関関係であって,必ずしも因果関係とは言えないことである.第二は,実験は人間を対象としており,技術的・倫理的に大きな限界があるということである.実験が限定されれば,因果関係の説明,理論化にも支障をきたす可能性が高い.これに対して,NEの場合には動物実験で侵襲的な方法を用いることができるため,BESほどの影響は受けないと考えられる.このため,BESが今後何らかの理論的ブレイクスルーを生み出せるかという点には疑問が残らざるを得ず,NEに飲み込まれてしまうのではないかというのが,吉田氏の推測である.

吉田氏のBESに対する悲観論に対しては,いくつかの疑問も提示された.たとえば,確かにBESの実験で直接観察されるのは相関関係にすぎないとしても,因果関係を確定できるような完全にコントロールされた実験は,現実には,他の科学の発展でもほとんどないのではないかという疑問である.むしろ,多くの観察事実をどのように見ていくのかというframe of referenceの転換が起こるかどうかの方が重要なのではないかという意見も提出された.これに対しては,吉田氏はBESのアプローチに対する悲観的現状があり,それを指摘したのだが,個人的にはBESのアプローチがブレイクスルーを見せることを期待しているという回答がなされた.


参考文献

Fehr, E. and U. Fischbacher (2003), “The Nature of Human ltruism,”
Nature, Vol. 425, pp.785-91.

Gul, F. and W. Pesendorfer (2008), “The Case for Mindless Economics,” in The Foundations of Positive and Normative Economics: A Handbook, edited by A. Caplin and A. Schotter, pp.3-39, Oxford: Oxford University Press.

Harrison, G.W. (2008a), “Neuroeconomics: A Critical Reconsideration,”
Economics and Philosophy, Vol. 24(3), pp.303-44.

Harrison, G.W. (2008b), “Neuroeconomics: A Rejoinder,” Economics and Philosophy, Vol. 24(3), pp.533-44.

Ross, D. (2008), “Two Styles of Neuroeconomics,” Economics and
Philosophy, Vol. 24(3), pp.473-83.


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