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第1回VCASI公開フォーラム 『文化と国家秩序:「公と私」の異なる位相―日本、中国、イスラム、西欧』報告

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1.はじめに---問題の設定

 青木(2001, Ch.6)によれば,国家(state)とは政府(government)と利害を異にする様々な民間主体との相互関係の中で創発する安定的な状態である.ここで言う「利害の異なる様々な民間主体」の中には,個人ばかりでなく,教会その他の様々な共同体や中間組織といった様々な社会的アクターたちが含まれている.したがって,政府と様々な社会的アクターたちとの関係の中で紡ぎ出される状態は,一方の主体が他方の主体に対して一方的に押し付けるといった類いのものではなく,政府と様々な社会的アクターたちがプレーする「ゲームの均衡」=制度として理解することができる.

 このような政府と民間主体とのゲームは時間や場所に応じて異なったものとなるだろう.なぜならば,特定の時間や場所に応じて異なる社会的アクターたちが存在していたり,社会的アクターたちが政治的ドメインとは別の自律的なドメイン(たとえば文化ドメイン)を形成して,そこに自律的な秩序を形成していたりする場合には,政治ドメインと他のドメインとの関わりを考慮しなければならないからである.また,よく知られているように,同じ1つのゲームでも複数の異なる均衡を持ちうる.すなわち,時間や場所によって,様々な国家が観察され,それに応じて異なる秩序原理が発現しているはずである.

 VCASIの第一回目の公開フォーラム「文化と国家秩序:『公と私』の異なる位相―日本、中国、イスラム、西欧―」は,以上のような問題意識のもとで,日本,中国,イスラーム,西欧において,国家秩序がどのような要因に支配されて発現してきたのかを,各分野の第一線の研究者に報告していただき,国家秩序形成に見られる共通点と各国ごとの相違点を理解しようとする試みであった.以下,公開フォーラムでの議論と仮想研究所での討論の内容を紹介する.

2.酒井啓子氏の講演---イスラーム諸国における宗教と国家秩序.

 酒井啓子氏のVCASIフォーラムにおける講演は,現在のイスラーム諸国(アラブ諸国,中東諸国)が直面する状況を,「文化」(慣習,伝統,アイデンティティ)と「制度」(法体系,国家制度,社会制度)の間の歴史的相互作用として捉えたうえで,「[イスラームの]文化的再興は制度の復活を自動的に促すのか」という問題提起を行う極めて刺激的なものであった.

 もともとイスラームはそれ以前の法の不在を埋めるための体系として成立した側面があったが,近代に入り,1922年にカリフ制が廃止され,オスマン帝国がトルコ共和国に移行するなど,イスラーム法体系(シャリーア)を基盤とした共同体から西欧化・近代化した国民国家への転換をとげてきた.その結果,20世紀の半ばには,西欧イデオロギーの浸透によって非宗教的政治エリートが台頭し,ナセル,フセイン,カダフィ,アサドなどを例とする世俗政治エリートによる国家掌握が見られるようになった.しかし,1970年代以降,こうした世俗政権による西欧化政策の失敗(統治能力の欠如,腐敗,イスラエルとの戦いにおける敗北)や,欧米在住ムスリムの社会的不平等感などが引き金になって,再びイスラームに文化としてのアイデンティティを見出す動きが見られるようになった.とりわけ,左派運動が退潮するなかで,貧困と平等を扱う思想として,イスラーム運動が台頭してきたということができる.

 こうした中,たとえばイラク戦争後のシーア派社会では,儀礼の再開や社会慈善活動の活発化などが起こり,それが政党の支持基盤拡大ネットワークとして利用されている.これは,部分的にであれ,制度としてのイスラームを再生しようとする運動として解釈することが可能であろう.すなわち,現代のアラブ諸国の状況は,イスラームの文化的再興が制度の復活に結びついていくのかどうかという問題を提起していると,酒井氏は考えるのである.

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3.季衛東氏の議論---中国の秩序原理における法治と特殊な人間関係.

 季氏の議論は,いわゆる「信頼の危機」の下にある現代中国において,信頼への研究関心がにわかに高まっているとの認識から始められる.氏によれば,それらの議論の方向性は主として2つに分類することができる.

 1つは,地域共同体や倫理秩序の再建を図って信頼関係を形成し強化する方向性である.もう1つは,信頼を促進するために,法規範ないしインセンティブや責任システムの役割を強調する傾向である.この問題状況は、礼樂が崩壊した後の春秋戦国時代における儒教思想と法家思想との対立構図を彷彿とさせるものである.

 歴史的に見るならば,儒教思想は人間の相互信頼を強調する一方で,庶民教化の内容に過ぎず,統治者の臨機応変を可能にするような信用(credit)の例外は認めていた.また,法家思想は信賞必罰といった手段を通じて「小さな信頼を積み重ねて大きな信頼に成る」という主張を唱え,あくまで主権者の威信樹立をめざす一方で,社会の横型関係における人間の相互信頼を軽視していた.氏は,このような儒家と法家の主張における統治者と人民とを包括した信頼関係構築に関する観点の欠如のために,中国は普遍的な信頼共同体を構築することできず,社会の秩序づけにおいて特殊な人間関係の個別保証 (personal guarantee )がきわめて重要な役割を果たしてきたという.

 次に,季氏は90年代の中国市民価値観調査の結果を取り上げる.この調査で観察される事実は,中国の人々の間で,なお特殊な人格(たとえば近親、領袖)ないし実効的権力(たとえば軍隊、政府のような非常に強い威嚇力と報償手段を持つ強制機関)に対する信頼度が比較的に高い一方で,法制度,とりわけ権威性と執行力が比較的に弱い裁判機関に対する信頼度はおおむね低い傾向が見られるということである.

 最後に,氏は信頼と法との関係についての一般的洞察を述べている.一般に,安心,安全および社会秩序を形成するにあたって,信頼は主として未来に影響を及ぼすのに対して,法は既成事実に重点を置くものである.また,信頼の実効性は個々人によって決められるのに対して,法の実効性は相当の程度まで国家が左右しうる.さらに,信頼と法との関係には,相互補完,相互代替の可能性が存在する.この観点から中国社会の欠陥およびこれからの発展方向を考えるとき,信頼をめぐる議論にあたってよりいっそう強調すべきなのは,普遍的信頼の樹立における法の役割や,法治秩序と合理的制度を前提条件とするシステム信頼の重要性などではないかと,氏は問題提起する.

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4.池上英子氏---徳川期日本における「美のパブリック圏」とプロトモダニティ

 池上氏は,国家と社会,文化の関係を,構造的・組織的なネットワークの関係性としてとらえるとともに,それが偶発的事件や歴史的事件の起こるタイミングとその順序によって規定される経路依存性を持つと考えている.以下,池上氏の論点を(1)比較の前提としての日本の政治領域の特徴と(2)美の領域と国家,社会組織の関係に分けて要約する.

(1)比較の前提としての日本の政治領域の特徴
社会科学としての歴史的制度比較の視点から,日本史を人類史のなかで相対化すると同時に,日本列島の制度史的構造と歴史経路の持つ比較的「個性」を考えた場合,いくつかの特徴が浮かび上がってくる.
(a)平安時代以降の日本列島は,民族的人口移動と政治領域の変動が少ない地域に属し,外部の文物,情報を貪欲に取り入れながらも,そうした外部的情報やネットワークを自生的制度,文化とのすり合わせながら選択的に取り込む地政学的余裕を持っていたといえる(人類史的、地政学的位置づけ).
(b)日本は,宗教が政治権力を超える真理を体現するものとして,公権力を構成するという歴史を経ておらず,公と正義の関係も,歴史的に強く結びつく契機がなかった(宗教と国家、社会組織の関係).
(c)宗教の位置づけと対照的に,前近代の日本列島では,血縁,職能,身分,宗教などの分節化したネットワークと国家のヒエラルキーの中間地点に,弱い絆による美によって仲介された,出入りが比較的自由なネットワークが生まれており,ヒエラルキー化していた政治社会の論理を一時的に無化するような文化装置をつくりあげていた.したがって,身分,職能,地域など様々な形で分節化した集団を分割統治する方向に進まなかった(文化と国家、社会組織の関係).

(2)美のネットワークと社会組織.
池上氏は,「私が日本における美の領域と国家,社会組織の不思議に逆説的関係,つまり,最も非政治的な分野の政治的意味合いに心を惹かれるようになったのも,こうした視点(上記の(c)の視点)からだった」という.
美を中心とする社交の伝統は,日本列島に住む人々にとって美の形式として文化資本であり,しかも社会に新たな交流の場を設けてネットワークの多様化をもたらした点で社会資本をも豊かにしたという,2つの面で大きな貢献をした.こうした美的社会形式という文化資本と社会資本は,やがて一種の「シヴィリティ」とでも言うべきものを形成していく.近代的な市民社会とは一般に,血縁,身分,宗教,地域社会,エスニシティなど,自己が生まれついたネットワークのしがらみから一定程度自立した個人を市民=政治主体として想定し,国家組織の外に,この市民の個人としての水平で自主的なつながりの場が政治的空間として誕生することを想定する.徳川期の日本において,コミュニケーション・ネットワークの密度,規模,複雑性が突然増大した結果として発生した「美のパブリック圏」(社交の場としても大事な,美を仲立ちとする人間交流の場)は,近代主義的市民社会のモデルと政治体制のコンテキストを異にしていることはいうまでもないが,その交際のネットワーク構造に着目すると,芸能や詩歌を仲立ちとしたサークル活動は,日本社会にやわらかで軽やかな開放性をもたらしていたことがわかる.それは,国家の正規の秩序の外側に,しなやかで溌剌とした市民的交流の場を現出させていたのである.その結果,日本という国土には「伝統文化」があるという感覚を人々の中に「共通知識」として芽生えさせていったのであった.

このことから,日本は明治維新以後の本格的な近代化・西欧化に先立って,独自の「近代化以前のモダニティ=プロトモダニティ」に向かっていたという結論に導かれる.文化現象としてのプロトモダニティは,ある社会において社会資本と文化資本の両方が,エリートのみならず,その社会の住民の多数に普及するときに現われてくるものではないか(池上(2005)を参照).

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5.猪木武徳氏の講演---「国家秩序:その揺らぎと充実」

 猪木氏は,まず基本的な了解事項として,国家とは,「国家=統治機構(government)+国民(people)」として捉えるべきであるという.統治機構と国民には相互作用が存在しており,たとえば国民に関してgovernabilityという言葉が用いられるなど,両者の関係は一方的な権威主義的関係ではない.また,グローバリゼーションに伴い,国家主権の制約という問題が議論されるようになってきているが,これは近年発生した新しい現象ではないことに留意する必要があるという.

次に猪木氏は,田中明彦氏による国家の分類---(1)自由と豊かさを実現した国,(2)国家秩序は実現しているが,貧しく,政治的自由がない国,(3)国家秩序が維持できない国---を紹介した上で,「自由と豊かさを実現した国家」に議論の焦点を絞ることにするという.

「自由と豊かさを実現した国家」におけるデモクラシーという制度の持つ課題をとりあげるとき,トクヴィルの議論が重要である.トクヴィルによれば,「平等と個人主義」を前提とするデモクラシーという制度を支えるためには,個人を公徳を備えた「市民(citizen)」に変えることが必要である.このプロセスは中央集権化への傾向を生じさせやすいが,それを和らげる装置を準備しておくことも必要となる.具体的には,(1)地方自治,(2)政治制度としての陪審制,(3)中間組織,あるいは二次的権力の源泉としての結社の存在が挙げられる.この最後の点に関して,トクヴィルが政教分離は宗教の自律性のために必要とされると議論しているのは大変興味深いという.

最後に,猪木氏は,現代におけるデモクラシーの行方を考えるうえで,欧州が「憲法なき国家」という体制を指向しているように見えることは興味深いとして,欧州における議論を紹介している(猪木(2007)を参照).2005年の春にEU憲法条約の批准がフランスとオランダの国民投票で拒否された後,欧州理事会は憲法発効の予定日としていた2006年11月1日という日程がもはや守れないとの見解を明らかにしていた.

今年(2007)に入り,6月21-23日にブラッセルで開催された欧州理事会では,憲法条約が「EU新基本条約」あるいは「改革条約(Reform Treaty)」と名前を新たにして合意され,EUの統治形態に新たな道が見え始めた.その冒頭には,”The constitutional concept, which consisted in repealing all existing Treaties and replacing them by a single text called “Constitution” is abandoned”と述べられている.猪木氏が,この意味を何人かの識者に尋ねたところ,その中には「憲法がなぜそれほど重要なのだ.歴史的に見ても,憲法が重要だったのは,専制君主の権力を制約する必要があった時代だ.現代のヨーロッパには専制君主は存在しない.それに憲法があっても,独裁者が出現しないと誰が保障してくれるのだ.ヒトラーをごらん」というものがあったという.われわれは,あらゆる法律が憲法から演繹されると考えがちだが,そうではないのだろうと猪木氏はいう.こうした観点からは,「改憲」,「護憲」で国論を割ることは,ある意味で本末転倒なのかもしれない.リベラリズムの思想はmuddling throughという手法を社会的な問題解決の根本原則の1つとしている.muddling throughによって,何とか秩序を保ちつつ進行するところがヨーロッパ人の知恵であり,これまでの歴史の試練がヨーロッパに与えてきた強さなのだと感じられるという.

資料

6.議論のまとめ

 以上の各氏によるそれぞれの分野における洞察から,時代や場所を超えて,国家の秩序形成に影響を与えてきた,あるいは与えつつある様々なドメインをアイデンティファイすることができる.また,そのようなドメインの状況が同時代的に存在する政治ドメインと補完あるいは代替の関係にあったこと,それが政治ドメインのあり方を動態的に規定してきたことも了解されるのである.

たとえば,酒井氏の考察においては,当初イスラーム教が法秩序を提供するものとして確立したこと,近代以降は世俗的政権に道を譲ったものの,これら政権の西欧化政策失敗の中でイスラーム教が文化として再興し,一部の国においては,それが制度化への動きを見せつつあることが示唆されていた.したがって,国家秩序形成において,宗教ドメイン(あるいは宗教的価値観が浸透した社会ドメインといった方がよいかもしれない)が政治ドメインに与える影響が氏の議論の中心にあったということができる.現代のイスラーム諸国においては,この2つのドメイン間の補完/代替の関係が,国家レジームの動態をもたらしてきた可能性が高いといってよいだろう.

中国において,国家秩序における法治と社会的信頼関係との関係が長年にわたって解決を要する問題となってきたことを論じる季氏の議論においては,より一般的にフォーマルな法による秩序づけと社会関係における秩序のあり方との代替/補完関係が問題意識の根底にあるといえよう.

また,池上氏の議論は,徳川時代の政治体制という縦割りの組織との関係で,民衆たちがいかにそれを横断的に超えるネットワークを築き上げ,国民的な共通理解や共通の美意識を生み出してきたのかを論じているが,それは同時に,こうしたネットワークの形成が明治以降の日本の近代国家形成に大きな影響を与えた可能性を示唆するものでもある.

さらに,猪木氏の議論は,現代のデモクラシーにおいて,民衆レベルの議論がmuddle throughして国家秩序形成に影響を与えつつあるプロセスに関する洞察を与えている.また,「自由と豊かさを実現した国家」におけるデモクラシーを維持するための,個人を公徳をそなえた市民に変えるプロセスにおいては,一般的に中間組織の存在が重要な役割を演じうることも強調されていた.その意味ではやはり文化や価値観を背景にもったネットワークの存在と国家秩序との補完関係の重要性が主張されていたということができよう.

これらすべての考察において,各国の秩序形成が歴史的経路依存性を強く反映して行われてきたことも確認できる.たとえば,酒井氏の議論においては西欧化を目指した世俗政権の失策,季氏の議論においては儒家と法家の思想に共通して欠けていた視点,池上氏の議論においては,徳川期日本のコミュニケーション爆発とそれ以前からの独自の美のネットワークの存在,猪木氏の議論においてはEU憲法の批准拒否といった事態がそれに該当する事実であるといえる.

7.さらなる議論に向けて

 各氏の議論を以上のような共通のフレームワークにおいて見るならば,さらなる疑問点が浮び上がってくるのも事実である.最後に,やや羅列的ではあるが,いくつかの論点を挙げて,今後の議論の材料としたい.

 第1は,各氏の議論の中で宗教,文化,法,社会,その他の中間組織などは,それぞれ独自の役割を果たしているように思われるが,これらの間の関係は,より階層的な仕方で一般的に整理することが可能なのだろうかという疑問である.たとえば,それらはいずれも人々の社会関係を規定する社会ドメインの形づけるものと見なし,社会ドメインが政治ドメインとの補完/代替関係に入るといった具合に考えることができるのかということである.あるいは,宗教のドメインや文化のドメインはそれ自身,別個のゲームがプレーされる自立したドメインと見なされるべきなのだろうか.

 第2は,国家秩序の形成過程にどのような動因が作用しているのか,その動因の違いによって,異なる種類の秩序概念がアイデンティファイできるのだろうかという問題である.たとえば,国家秩序の形成は主として経済的要因によって規定され,経済取引を円滑化するように変化する傾向があるといってよいのだろうか.あるいは,これとは別に,人々にアイデンティティを与えるための秩序というものが考えられるのか.また,国際関係は各国の秩序形成にどのような影響を,どのような回路を通して与えるのかという一連の問いが浮かび上がってくる.

 第3は,公と私の概念である.安定した国家秩序の形成は,人々の間に一定の「公」と「私」の関係についての共通意識を浮かび上がらせるといえよう.それは,これまで論じてきた枠組みとどのような関係を持つのだろうか.公と私の概念が英米と日本やフランスなどの諸国で異なっているとするような研究も存在する(Silberman 1993).公と私との関係の形成を論じる際にも,正統性の危機とそれの経路依存的解決について分析する必要があるだろう. もちろん,以上の論点は上に要約した各氏の議論の中で一部論じられているし,各氏がすでに他で出版した仕事に論じられているものがあることは承知している.しかし,国家秩序形成の異なる位相を互いに確認できた今の段階で,改めて論じることにも意味があるだろう.

参考文献
Aoki, M. (2001), Toward a Comparative Institutional Analysis, MIT Press (邦訳:『比較制度文責に向けて』,瀧澤弘和・谷口和弘訳,NTT出版).
Silberman, B. (1993), Cages of Reason, The University of Chicago Press.
池上英子(2005),『美と礼節の絆:日本における交際文化の政治的起源』,NTT出版.
猪木武徳(2007),「新しい「国家」EUの動き」,アステイオン編集委員会編『アステイオン67』,阪急コミュニケーションズ.

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