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主宰のあいさつ


(c)Alexandre Wimmer
主宰:青木昌彦

   このたび私どもは東京財団の研究プロジェクトのひとつとしてVCASI("ヴィカシ"と読んでください)という試みを始めました。VCASIというのはVirtual Center for Advanced Studies in Institutionの略称です(直訳すると仮想制度高等研究所とでもなるのでしょうが、日本語としてはあまり四角張ってなじまないので、その趣旨はあまりうまく伝わりませんが、仮想制度研究所としておくことにします)。その狙いを以下、私のパーソナルな想いを込めながら簡単に述べさせていただき、皆様のご支援をお願いします。

制度研究のリバイバル

  ご承知のように、Douglass NorthのInstitution, Institutional Change and Economic Performance(日本語訳『制度・制度変化。経済成果』、竹下公視訳)が出版された1990年頃を劃期として、経済学や、ひいては政治学、社会学などの分野で、制度研究のリバイバルとでも言った動きが国際的な学界でおこりました。それはとりもなおさず、ベルリンの壁の崩壊をきっかけとして、東欧、ソ連における共産主義体制があれよという間に終焉した時でもありました。思えば、20世紀は「計画の思想」が、単に共産主義体制だけでなく、資本主義体制の内部においても、ケインズ政策や戦時経済体制、産業政策、大企業寡占体制などという様々な形をまとって、力をふるった時代であったともいえましょう。しかし前世紀の末になって、インターネットの発展も含め、そうした思想の力が褪せる様々なことがおこりました。しかし、だからといって自由放任の市場体制なるものの最終的な勝利が確認されたというわけでもない、ということが明らかになるのには時間はかかりませんでした。自発的な相互交換の可能性の機会を広げるということは、確かに、当事者同士に有利なのですが、信頼に足る交換のネットワークは自由に放任しておけば発展するものでもないことは、世界のどこを観察しても日々実感されることです。

既存の研究スタイルの成果と限界

  こうしたことが、制度研究のリバイバルの一つの契機となったことは明らかです。市場は確かに社会を構成する重要な制度の一つですが、それがどう機能し、どういう成果を生むかは、社会に働いている規範や、権利・義務の関係を形式化し実効化する国家制度、ひいては技術や文化などとの相互作用の中で決まります。そして、それらの関係はそれぞれの国や地域の歴史に大いに依存しています(学術的な流行語で言えば「歴史的経路依存性」といわれるものです)。ですから、そういう制度に働きかけるための政策も、それらの歴史的に形作られた関係とのある種の適合性(フィット)を持たなければ、有効性を持ち得ません。このことは、アメリカのイラクにおける占領政策の混乱を見ても明らかです。制度研究が、政策研究にとっても重要な意味をもつ所以です。

  ここで、それではなぜVCASIなのか、ということを説明するために、私の個人的な経験にすこしふれることをお許しください。私は90年代にはスタンフォード大学で制度研究の非常に恵まれた環境におかれました。Milgrom、Greifなどの同僚と、Comparative Institutional AnalysisというPh.Dのフィールドを経済学部に設け、数多くの大学院学生とも問題意識や研究課題をともにすることができました。それに加え、社会学、政治学、法学、心理学などの各分野の制度研究に関する一流の研究者との交流もありました。こうした経験を経て、制度研究に関するいわば trans-disciplinaryな研究の必要性と有効性を身をもって感じるようになりました。

  そうした90年代の研究の成果を研究書としてほぼまとめ上げたころ、日本の通商産業省(当時)から研究所へのお招きを受け、日本の政策研究の現場に参加する機会を与えられました。North教授から「制度研究のフィールドワークだ」と励まされた記憶があります。やがて同研究所が、独立行政法人になったのを機会に、行政官・大学研究者・民間スペシャリストのあいだの実質的な共同研究体制を半恒常的に作り上げる努力をしました。そうした研究体制は、以前は特定の政策形成のためにアドホックに作られた省庁主催の政策研究会以外にはみられなかったので、斬新な試みであったといえます。3年の間に、20冊以上の研究書・政策提言書を出版することができ、それなりの成果は上げられたと自負しておりました。しかし、他方では独立行政法人とはいえ、基本的には親官庁のガバナンスのもとにあるということからくる様々な制約(特に政策研究の基礎としての理論研究の意義、研究者の自主性・自立性などに対する理解のなさ)を次第に感じるようになり、3年で職を辞することにしました。

VCASIというネットワーク型研究所を構想する

  この間日本でも、大学の法人化、行政官や民間スペシャリストたちの流動性の増加などがおこり、これまでとは違った研究コラボレーションの模索が潜在的に可能になりつつあります。またインターネットの発展は、学術情報の流通やディスカッションのあり方に革命的とでも言ったような変化をもたらしつつあります。これまでは、一流といわれる学術誌に時間をかけてでも発表するということが、国際的な学者の第一義的な目的であったのですが、いまでは研究成果をできるだけ早くしかるべきサイトに発表するという激烈な競争が始まっています。そうした成果は、ネットにさえアクセスできれば、世界中のどこででも瞬時に知られうることになります。また面識のない研究者同士の間でも、ネットを通じて相互に意見交換や批判を受けることが可能です。潜在的に有用な文献の検索や難しかった文献の入手も一段と便利になりました。

  こう言う事情をあわせ考えて、私たちはVCASIの実験的な試みを始める機が熟したと考えるようになりました。その目的や考えは次のようなものです。 学術の発展と有効な政策分析の双方にとってこれまでになくその重要性が増している「制度研究」に様々なレベルで従事する (VCASI のStudies in Institutionの側面) これまでの社会科学の縦割りの分野分けにとらわれない超学際的なコミュニケーションを通じて、制度研究における先端的な成果をめざす(Advanced Studiesの側面)。 研究・活動分野、所属組織・場所、キャリアなどにとらわれない研究者間の闊達なコミュニケーション、コラボレーションとその成果の伝播を実現するために、時々のフェース・ツー・フェースの会話に加え、インターネット技術の利用・開発をめざす(Virtual Centerの側面)。

東京財団の支援

  こうした目的を実現する活動には、当然それを支える資金と、それを有効に、目的に沿って用いているか、をモニターするガバナンスのメカニズムが必要です。そして特定の利益集団(役所を含む)からは自由な、自己責任に基づいた研究を支え、評価していただくには、中立的な民間の財団の支援がもっとも望ましいことは言うまでもありません。アメリカにおける研究の先進性の制度的な背景としてよく指摘されることです。こういう可能性は、まだ日本においては未成熟といって良いと思われますが、幸いにもVCASIの計画は、加藤秀樹会長の下に新発足した東京財団のお目にとまり、財団自身のプロジェクトとして発足させていただくことができました。大変な幸運であると考えます。その期待に応えられるように最大限頑張りたいと考えます。なにぶん新しい実験でもあるので、それがフル稼働するには多少の時間がかかるかもしれませんが、皆様のご支援と時と場合によってはVCASIの活動自体へのご参加を心から願っております。