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第6回VCASIセミナー『社会科学における実験という方法』報告

日時:    11月4日(火)18時から
場所:      日本財団ビル3階A会議室
発表者:  塩沢由典氏(複雑系経済学、進化経済学/中央大学)
コーディネーター: 川越敏司氏(はこだて未来大学)

第6回VCASIセミナー「社会科学における実験という方法」は、中央大学商学部教授の塩沢由典先生をお招きして、2008年11月4日(火)18時から20時まで開催された。当日は加藤創太フェロー,瀧澤弘和フェロー,川越敏司フェローを初めとする参加者が集まった.

塩沢先生は、研究活動を数学から経済学へ転向されて以来、線形経済学(特にスラッファ)や複雑系科学、進化経済学の研究に従事され、限定合理性概念について早くから提唱してこられた。また、大阪市立大学大学院創造都市研究科研究科長に着任される前後に、ベンチャー企業や都市開発などの実践にも関わってこられた。一方で、情報工学の研究者と共に、先物市場のシミュレーションであるU-martシステムの開発を行い、市場シミュレーションの研究にも関わってきた。今回はこうしたご経歴を背景にして、社会科学における実験手法について概観を与えるような報告をお願いした。

はじめに、広義の社会実験として、実験室内の統制された環境で実験を行う心理学や実験経済学のような実験室実験、また、例えば、負の所得税に触発されてアメリカ合衆国ニュージャージーーで行なわれた所得維持実験のような、フィールドではあるが統制された環境で実施されるフィールド実験、さらに交通・街づくりにおける「社会実験」、最後にシミュレーションなどが分類され、紹介された。

ただ、実験室実験やフィールド実験では、はじめに理論ありきで、経済学がその実験結果から学ぶことは希薄である点が指摘され、交通・街づくりにおける「社会実験」については、逆に経済学の側からのインプットがほとんど皆無である点が批判された。これから目指すべき社会実験とは、経済学の知見を実証するようなものであるとともに、経済学がその実証結果から自分自身の理論体系を修正するような、発見形社会実験であるべきであることが提案された。

また、実験室実験やフィールド実験では、経済学の方法として、方法論的個人主義がとられている関係上、個人の行動や個人の反応に注意が集中しており、社会的相互作用をうまく捕らえられない構成となっている点も指摘された。

また、近年の実験研究が進化心理学やブレインサイエンスの影響を受けて人間の脳活動を調べるニューロエコノミクスを探求する方向にある点に関して、経済学がますます社会から背を向けて、個人の心に関心を集中させている点が、「社会」科学として適切なのかどうか、という点が指摘された。

交通・街づくりにおける「社会実験」については、歩行者天国や渋滞緩和実験などが早くから行われていた点が指摘され、現在でも非常に盛んに実施されていることが報告された。

U-martシステムについては、シミュレーション研究の多くが現実社会と切れた環境で恣意的に行なわれてきたことを反省し、現実の経済環境と一定のインタラクションを持ちつつ、人工市場の研究を行なう点を特色として指摘された。また、これは、例えば、実験室実験が人を非常に人工的な環境に置いた上で行っており、現実の社会経済環境を適切に反映できていない点への批判ともなっている。むしろ、実験統制を犠牲にしても、複雑な社会経済の現実を実験環境に取り込むべきであるとの提案があった。

科学の発展の段階に照らして言えば、科学は単純な系から複雑な系へ、また複雑な系でもいまだ非有機的複雑さの問題しか扱えておらず、有機的複雑さの問題は、生物学と共に経済学が担うべき次世代の課題であることが指摘された。そのためには、演繹や帰納だけではなく、パースのいうabductionが必要であるとの指摘もあった。経済学においては、発見的社会実験こそが、abduction、つまり、仮説形成・発見のプロセスを実施する絶好の手段であるとされた。

発見的社会実験においては、複雑な現実社会の中で経験的に形成・蓄積されてきた問題解決のための社会技術に着目することが有益であるとされた。社会技術とは、社会の運営や維持・発展のために社会自体が生み出した知見・ノウハウ・社会制度のことであり、度量衡、暦、貨幣、法などがその例である。

阪神大震災の救助、復興の際に発見された社会技術は、例えば、クロスロードというカードゲームによって普及・教育されるようになり、今後の災害救助に生かされている。JR福知山線脱線事故では、組織の信頼性を維持・向上する社会技術に着目し、高い信頼性を要請される組織を運営するためのハインリッヒの法則に注目された。

発見的社会実験を通じて、社会技術を発見・育成し、社会科学は、象牙の塔に閉じこもった研究だけでなく、コンサルテイング型研究を目指すべきとの提案があった。新型インフルエンザ・パンデミックこそが、こうした新しい社会科学にとっての試金石となる話題であるとも指摘された。

発表後の議論では、以下のような討論があった。科学哲学者ハンソンが指摘したように、あらゆる現象は理論の眼鏡を通じてしか観測されないのだから、経済学が何の理論ももたずに現実の問題にアタックすることは無謀だし、また、そこから何も学べない。現実社会で役立つ社会技術を発見し、コンサルティングする前に、経済学は取り組むべき固有の課題があるのではないか。果たして、震災や事故で発見された法則性は、経済学固有の問題と言えるのか。

 

 


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