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立法の復権?――「立法学」進展の端緒として

立法の復権?
――「立法学」の進展の端緒として

谷口 功一:VCASIフェロー、首都大学東京大学院
 

 今を遡ること六年前の10月中旬、筆者は岩波書店から『立法の復権』という文献の共訳書を刊行した。時あたかも、衆議院が解散し、第43回総選挙(2003年11月9日)に向けた熱戦が列島の津々浦々で展開された時期であり、結果、自由民主党を中心とする与党3党(公明党+保守新党)が絶対安定多数を維持する事となった。続く第44回総選挙(2005年9月11日)は、今なお記憶に鮮烈な「小泉郵政選挙」であり、この選挙に於いて、自公連立与党は327議席獲得という歴史的圧勝を収めた。その後、戦後最長の1410日に及ぶ任期の間、安倍・福田・麻生と、選挙の洗礼を経る事なく三人の宰相が現れては消える事となるが、直近の第45回総選挙(2009年8月30日)を以て、我々は、政治的には永遠にも等しい半世紀以上の長きに亘った55年体制崩壊の瞬間を目撃し、日本国憲法下では初めて「野党が過半数を得て、選挙結果がそのまま政権交代に直結する」事態をも経験する事となったのである。

 そうして、我々は今日この時点に立ち至るのであるが、冒頭に挙げた『立法の復権』は、このような55年体制の黄昏の極みとも言える時期に、主としてアングロ・サクソンの法哲学界に於いて(引いては我が国の学界に於いても)長らく支配的であった、司法府のみに対して向けられた“敬意”と立法府に対する或る種の“蔑視”という〈構図〉を覆すべく問われた著作であった。「専門知を備えない雑多な多数者からなる議会への不信」を背景とする「制定法への消極的な評価」という従来の見方に対し、著者のウォルドロンは、カント・ロック・アリストテレスという、どちらかと言えば「民主的立法」に対しては好意的とは言い難い思想家たちを敢えて“読み換える”事によって、思想史的パースペクティブから英語原題に見られる通り「立法の尊厳(Dignity of Legislation)」の復権を目指したのであった。

 上記ウォルドロンの「立法復権論」と同根のモチーフを有する潮流として、「立法(Legislation)」に関する規範的な理論構築を目指す、Legisprudenceと呼ばれる学問運動が挙げられる。この運動思潮は、ブリュッセル・カトリック大学の「立法・規制・立法学センター(CLRL )」の長を務めるLuc Wintgens教授をその名付け親とするものであり、現在、法哲学の主要な国際学会組織である「国際法哲学社会哲学学会連合(IVR)」の隔年開催の世界大会では、ほぼ毎回「立法学特別部会(Special Workshop on Legisprudence)」が催され、また、国際ジャーナルLegisprudence: International Journal for the Study of Legislationも発刊されている(年3回発行)。筆者自身も、2007年にポーランドのクラコフで開催されたIVR立法学特別部会に於いて報告を行い、国際的な議論の盛り上がりを実際に目にした[cf. 井上2008]。

 以上のような学会に於ける「立法学」研究の興隆を念頭に置きつつ、他方、まことに転変の年月であったこの六年間と、それに引き続く今般の民主党政権の成立に思いを致すなら、今こそ我が国に於いて、「立法」に関する考察を更に深化すべき時期なのではないか、とも思われる。というのも、民主党政権成立以降、我々は55年体制下に於いて慣れ親しんだ様々なシステムが抜本的に改変されつつあるのを現在、目撃しつつあるからである。即ち、現在進行形で管見する限り、民主党政権下に於いては、政策決定プロセス、つまりは立法過程に関して以下のような改変が加えられようとしている。

  • 議員立法の禁止(国会法の改正)
  • 政策決定の政府内閣への一元化(与党政策調査会の廃止)
  • 議員内閣制下の国会を政府と野党の議論の場と定位(衆院での代表質問の取りやめ)
  • 官僚答弁の禁止(内閣法制局長官の国会答弁の禁止)

 これら報道等を通じて耳目に入って来る様々な変化は、〈官〉に対する〈政〉のイニシアティブという形での「立法の復権」の具体的な現れと見る事も出来、それらは立法府に於ける単なる制度与件の変更であるに留まらず、規範的なレベルでの我々の民主政の〈かたち〉に根本的な変容を迫るものでもあるのではないだろうか。
 本稿では、これらの事柄の全てに関して論じる事は出来ないが、例えば、上記、政調の廃止は、55年体制下に於ける「与党内審査/常任委員会での審議」という二重構造の克服を意味するものであり、委員会中心主義を採っているにも関わらず党内審査にズレ込んでいたが為に見え難くなっていた実際の法案審議過程を“可視化”するものとなる事が予測される。しかし、従来の党内審査(政調部会→政調審議会→総務会)では満場一致を旨として行われて来たコンセンサスの調達を今後、如何にして公開性の光とタイトな時間的制約の下、議会の公式な場に於いて達成してゆくのかは未だ五里霧中である。また、それぞれに地元の選挙民を抱える議員達にとって、原則非公開の党内審議過程は、或る意味、選挙区の特殊利害を離れた大所高所からの議論を腹蔵なく行える場所でもあったところ、全てのプロセスを白日の下に晒した審議=討議は如何なるものとなるのだろうか、という点にも重大な関心が注がれる。

 長ければ、これから四年間は続くかもしれない民主党政権下に於いて、今後も立法過程にまつわる様々な抜本的改変が行われてゆく事になるだろうが、〈政治の必要〉によって立ち現れてくるこれらの事象に対して、規範的なレベルから検討を加えてゆくことは益々重要になってゆくように思われ、その点、立法学が進展せられるべき余地も大いにあるのではないだろうか。

参考文献

  • Waldron, Jeremy, 1999, The Dignity of Legislation, Cambridge UP(ジェレミー・ウォルドロン著、長谷部恭男・愛敬浩二・谷口功一訳『立法の復権:議会主義の政治哲学』岩波書店、2003年刊)
  • 毎日新聞政治部(2009)『完全ドキュメント:民主党政権』毎日新聞社
  • 井上達夫(2008)「立法学の現代的課題:議会民主主政の再編と法理論の再定位」『ジュリスト』No. 1356、有斐閣