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第19回VCASIセミナー「Outline of a Darwinian Theory of Money」

2009年12月11日,進化経済学が専門のCarsten Herrmann-Pillath氏(Academic Director, East-West Centre for Business Studies and Cultural Science, Frankfurt School of Finance and Management)をお迎えし,第19回VCASIセミナー「Outline of a Darwinian Theory of Money」を開催した.

Herrmann-Pillath氏の発表は,同氏が現在執筆中の同名の論"Outline of a Darwinian Theory of Money”に基づくものであった.以下では,初めに論文および発表の要旨を報告し,次にどのような議論がなされたのかを述べる.

1.論文と発表の概略

Herrmann-Pillath氏の論文は,以下に述べる2つの事例をケース・スタディーとして,最近の神経経済学的知見と,Aoki(2007)などに見られるような近年の認知科学の影響を受けた制度理論とが,「一般化されたダーウィニズム」(Hodgson 2002)という整合的なフレームワークに統一されることを示そうとするものである.

この試みのための題材として,Hermann-Pillath氏が第一に取り上げるのは,貨幣が直接的に脳の一般報酬系を刺激するという近年の神経経済学によって見出された発見である.それによれば,一部の新古典派理論が通常想定するように,貨幣は財の購買力として,財のもたらす効用を通してのみ人間行動に影響するのではなく,貨幣の使用はそれ自体で強い情動的インパクトを有している.哲学者Searleも,われわれが一定の物理的存在を貨幣と「見なす」ことによって成立している貨幣使用という制度は,何らかの神経生理学的メカニズムによって支えれていることを指摘している(Searle 2005).Hermann-Pillath氏は,そのメカニズムを説明する有力な候補として,Lea and Webley (2005)を挙げる.この理論によれば,貨幣は人間が持っている社会的交換や互恵的利他主義の本能を利用した「概念的ドラッグ(conceptual drug)」であるとされる.

次にHermann-Pillath氏が取り上げるのは,Hutter(1994)による貨幣の発生メカニズムに関する歴史的研究である.この研究によれば,貨幣(鋳貨)はその意味を2つの文化のインタラクションの中で進化させてきた.アッシリアにおいては金が富の蓄積を示すステータス・シンボルとして使用されていたのに対し,イオニアの農業共同体では銀が儀礼的目的に使用されるとともに,交換手段として使用されていた.最初に真の意味での鋳貨を生み出したリディアでは,これら2つの社会で異なる意味を持っていた金と銀とを文字通り混合した琥珀金を用いていたが,そこでは上記の2つの社会における貨幣概念の「概念的混合(conceptual blending)」も行わた.Hermann-Pillath氏は,こうした概念的混合は,人間の「wanting system」の背後にある予想的報酬メカニズム(anticipatory reward mechanism)にかかわる記号の進化理論によってより深い説明が可能だとする.

最後に,これらの説明を「一般化されたダーウィニズム」に統合する際に,Herrmann-Pillath氏はAunger (2002)によって提案されたニューロミーム(neuromeme)という概念を改変して用いている.ニューロミームとは,人間の脳の内部における反復的なニューロン構造のことである.

しかし,一般にニューロミームが異なる脳の間で同じになる保証はないので,これを文化の概念に拡張するには,人工物という概念を導入する必要があるとHerrmann-Pillath氏はいう.文化的意味は,脳同士の間のコミュニケーションに付随して発生するものであり,脳同士のコミュニケーションは人工物を通して実現されるのである.

そのメカニズムをより詳細に説明すれば,ニューロミームは行動上のアウトプット(それ自身が人工物となる)を引き起こし,それが他の脳のニューロミームの引き金を引く.さらに,このことがもとの脳にフィードバックされるもう1つのアウトプットを引き出すかもしれない.機能の面で見たアウトプットの収束は,ニューロミームがちがう脳同士で類似の構造を持つことを含意することなく,ニューロミームのコーディネーションを結果として実現する.このフレームワークでは,制度とは人工物を媒介としたニューロミーム同士のインタラクションとして説明される.また,文化的進化は個々の脳内のニューロミームと人工物との間の因果的に組み合わされた共進化となるのである.


2. その他の論点

当日の発表の中で付随的に議論されたり,ディスカッションの中で議論されたりした他の論点としては,以下のようなものがあげられる.

1) 神経科学や言語学,経済学などのさまざまな知見を,「一般化されたダーウィニズム」に統合することの意味.
これについては,Herrmann-Pillath氏のスライドの2ページ目にあるように,それがより倹約的な自然主義的説明であること,この理論では選択のレベル(levels of selection)は多層的であり非還元主義的であることなどが説明された.

2) 通常の経済学で重視される「合理性」をどうとらえるべきか.
この点については,まずHerrmann-Pillath氏が,「Affects + Cognition =
Emotion」という進化心理学者たちの説をとっていることを抑えておくべきである(スライドの6ページ).その上で,氏の発表の内容を併せて考えるならば,「合理性」とは一定の制度的環境(artifact)におかれた人間がEmotionによって行う行動が持つ性質ということになり,制度的環境と切り離しては考えられない概念ということになるだろう.

参考文献

Aoki, Masahiko (2007): Endogenizing Institutions and Institutional Change, Journal of Institutional Economics 3(1): 1-31.

Aunger, Robert (2002): The Electric Meme. A New Theory of How We Think. New York et al.: Free Press.

Hodgson, Geoffrey M. (2002): Darwinism in economics: from nalogy to ontology, Journal of Evolutionary Economics 12(3): 259-282.

Hutter, Michael (1994): Communication in Economic Evolution: The Case of Money Changing the Primary Distinction: From Observer to Observation, in: England, Richard W., ed., Evolutionary Concepts in Contemporary Economics, Ann Arbor: University of Michigan Press, 111-138.

Lea, Stephen G. / Webley, Paul (2005): Money As Tool, Money As Drug: The Biological Psychology of a Strong Incentive, Behavioral and the Brain Sciences 29: 161-209.

Searle, John R. (2005): What Is an Institution?, in: Journal of Institutional Economics 1(1): 1-22.




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