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第13回 破綻の条件 新理論で解明(安田洋祐)

破綻の条件
新理論で解明

安田洋佑:政策研究大学院大学助教授

 
 VCASIフェローの安田洋祐氏(政策大学院大学)の記事が、日経新聞3月4日付「経済教室」に掲載されました。下記に、許可を得て、転載します。

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  昨年、民主党が初めて編成した2010年度の政府予算は、一般会計の歳出総額が92兆円を超える一方、税収見込みは新規国債発行額44兆円を下回る37兆円にとどまった。ストック面を見ても、国会財政の逼迫(ひっぱく)が指摘されている。国と地方を合わせた長期債権残高は10年度末には862兆円程度と国内総生産(GDP)比180%を突破する見込みで、経済協力開発機構(OECD)諸国中、群を抜いて高い。
 これを機に最近、日本でもソブリンリスクに対する懸念が高まっている。ソブリンリスクとは本来は「国が対外的に支払い不能となるリスク」のことだが、国債の9割以上を国内投資家が保有している日本の場合、国債価格暴落に伴う財政破綻のリスクが議論されている。1月には米大手格付け会社のスタンダード・アンド・プアーズが、日本国債の株付け見通しを「引き下げ方向」に修正した。
 ただし、こうした現在や過去のデータから日本の財政が危機的状況であると判断するのは早計かも知れない。一般に国家財政の維持が可能かどうかは、現在の財政赤字額や過去の国債累積残高だけでなく、今後の財政規律や投資家行動といった「将来」の出来事にも大きく依存するからだ。将来を予測する分析ツールとして高い有用性を秘めているのが、「グローバルゲーム(の理論)」と呼ばれる革新的な考え方である。以下でこの理論を紹介し、ソブリンリスク問題に具体的にどのように応用できるか考えたい。
 
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 グローバルゲームは、1990年代にゲーム理論の中から生まれた新しい理論だ。ゲーム理論は、参加者同士の行動がお互いに影響を与え合っているような複雑な状況(戦略的状況)を数理的に分析するツールとして、経済学をはじめ、政治学、社会学、計算機科学から生物学に至るまで、幅広く応用されている。
 ソブリンリスク問題を考える上でも、資金の借り手である政府と貸し手の投資家の関係や、投資家同士の関係は戦略的状況にあると捉えられるため、ゲーム理論を使った分析が過去、進んできた。例えば前者については、財政が破綻した後に投資家と再交渉できることが、逆に政府に債務不履行(デフォルト)をより引き起こそうとする誘惑をもたらすというモラルハザード問題が指摘されている。
 また後者については、たとえ経済のファンダメンタルズが健全であっても、多くの投資家がデフォルトを予想して資金を一斉に引き揚げると、デフォルトが自己実現してしまう可能性などがいわれている。これらは、参加者同士の戦略的状況を考えるゲーム理論によってはじめて明らかにされた貴重な成果といえる。
 ところが、こうしたゲーム理論によるソブリンリスク分析には深刻な問題がひとつあった。理論的な結果予測が複数存在し得るため、どの結果が一番もっともらしいか事前に予測することができないという「複数均衡」の問題である。後述するようにグローバルゲームは、通常のゲーム理論分析の前提をより現実的なものへと変えることで、複数均衡の問題を解決し理論予測の精度を高めることに貢献した。その意義を理解するためにも、投資家の戦略的な行動に焦点をあて、彼らが引き起こす複数均衡問題を、以下で少し具体的に見ていこう。
 
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 いま、政府が今期必要な財政赤字分を補うための新規の国債発行による収入を充てている状況を考える。国債の潜在的な買い手としては投資家が2人いる。1人では購入額が不十分なためデフォルトが発生するが、2人とも購入すればデフォルトを防ぐことができ、国債購入のリターンが期待できるとしよう。投資家が2人という極端な設定は、新規国債に十分な数の買い手が付かない時に政府がデフォルトの危機に直面する、という現実的な状況を単純化したものだ。投資家の数を増やして分析を行っても、本質的な結果はほとんど変わらないことが知られている。
 この状況で、各投資家の最適な行動は、もう一人の投資家行動に依存することがわかる。相手が国債を購入するなら、自分にとっても国債投資のリターンが得られる購入が最適である。一方、相手が購入しないなら、デフォルトによる損失を避けるため、自分も購入しない方がよい。結果として2人とも国債を購入してデフォルトが起きない「良い均衡」と誰も国債を購入せずにデフォルトが実現する「悪い均衡」の二つが理論的に予測できることになる。
 このように、参加者がお互いに最適な行動を取り合っている状態、いいかえれば、すべての参加者にとり自分一人だけが行動を変えても得できない状態のことを、ゲーム理論ではナッシュ均衡と呼ぶ。
 ソブリンリスクのゲーム理論分析で自然に生じるこの複数均衡は、通貨危機や銀行取り付けなど、通常時と危機発生時との間で大きなレジーム転換を伴うようなマクロ経済現象の分析でも発生することが知られている。ナッシュ均衡が複数ある場合は、どちらの均衡がもっともらしい結果であるかを先験的には決定することができず、将来が予測できない。複数均衡問題は、研究者や政策担当者の頭を悩ませる深刻な問題なのだ。では、グローバルゲームは、どのようにしてこの複数均衡問題を解決したのだろうか。
 
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 通常のゲーム理論分析では、参加者は自分たちの置かれた状況をお互いに知り尽くしていることが仮定される。他方、グローバルゲームでは、各参加者は自分の置かれた状況を完全には知らない。そのかわり、各人が私的に観察したシグナルを基に、他の参加者が受け取るシグナルをお互いに予想しながら行動を決定する、という状況を想定する。
 先のソブリンリスク分析に当てはめると、国債投資のリターンが(誰も正確には知らない)経済のファンダメンタルズによって左右され、そのファンダメンタルズの値に関して個々の投資家が独立に情報を得るという現実的な状況を想定して分析するわけだ。
 ここで、各投資家が相手の行動を正確に予想するためには、ファンダメンタルズを予想するだけでなく、他の参加者がファンダメンタルズをどのように予想しているか、という他人の予想について次々と深読みをして考えていかなければいけない。詳細は省くが、この一見すると非常に複雑な状況で、(私的な)情報の精度が十分高い場合には、ナッシュ均衡が1つになることが知られている。具体的には、ファンダメンタルズがある値よりも健全な場合には、デフォルトの起こらない「良い均衡」だけが、逆の場合には「悪い均衡」だけがそれぞれ実現するのである。
 グローバルゲームを用いることで、ファンダメンタルズがどんな水準の時に財政破綻が起こるか、既存のアプローチより高い精度で予測を行うことができる。実際、国債の発行や償還をなだらかにして財政赤字が平準化すると、破綻リスクが減ることが確認された。また政府の公開情報と比べて投資家が取得する私的情報の精度が低い場合、複数均衡が生じて悪い均衡(デフォルト)が起こる恐れがあることが明らかになった。
 今後研究が進めば、投資家のサイズの違いや、ファンダメンタルズに関する公的な情報公開、国債の情報公開、国債の償還期間の設定、金融政策のシフトといった環境や政策の変化が、ソブリンリスクへどう影響するかについても、より精緻(せいち)な分析が可能となろう。
 これらの学術研究は、わが国でも日銀の服部正純氏などが行っているが、研究成果の政策への反映は国際的にもまだ十分に進展しているとはいいがたい。いたずらに財政破綻の不安をあおらないためにも、地道な財政再建を進めるだけでなく、グローバルゲームを応用したソブリンリスク研究を一段と深め、その成果を現実の政策に応用することが期待される。


 
ソブリンリスク問題に関する考え方と含意
  理論自体の特徴 ソブリンリスク問題
分析の手法 含意
伝統的な経済学 個人の最適化問題を精緻に分析 投資家行動を所与として政府の行動に焦点 ファンダメンタルズの悪化が危機の引き金に 
ゲーム理論 戦略的行動や動機をきちんと分析 政府や投資家の戦略的行動に着目 良いファンダメンタルズでも危機発生のリスク
グローバルゲーム より複雑な戦略的状況を分析 投資家が私的にシグナルを基に意志決定 複数均衡問題を解決し、より精緻な予測を提供

破綻の条件 新理論で解明(安田洋祐)

示唆に富んだ論文であり、いろいろ考えさせられました。
若い人の間にも「日本のソブリンリスク」が深い影を落としつつあり、これが原因で既に消費の抑制を引き起こしつつあると思います。単なる年単位の財政収支の改善だけでなく、現状の説明とソブリンリスク軽減への抜本的方法とその中長期的な行程表の提示が必要な状況が既にきていると考えます。国民のソブリンリスクへの漠然とした不安が放置され疑心暗鬼が増幅されていくならば、経済の成長へのマイナス要因になるとともに、ある突発事態が引き金になり人為的に避けられるはずの「悪い均衡」を引き起こす事態も生じかねないと思います。
財政状況のファンダメンタルズの改善へ向けて、整合性のある戦略と行程表の提示が急がれますが、それを支える理論(グローバルゲーム理論等)の深化と政策への応用も緊急の課題であると考えます。

コメントありがとうございます

上田さん、コメントどうもありがとうございます!
おっしゃるように「日本のソブリンリスク」への警戒・関心は、国内のみならず諸外国でもじょじょに高まってきているようです。ただ、それが現段階で国内消費の抑制要因となっているのかどうかについては、慎重な議論すべきではないかと思います。
一般に、将来への不安が強い場合には「消費を抑制して貯蓄を増やそうとする」とよく言われますが、ソブリンリスクは「将来の日本国債(や円)の価値が暴落する」というリスクです。このため、むしろ(円の価値=購買力が下がる前に)消費需要が増える可能性もあるような気がします。また、貯蓄を増やす場合にも、(ソブリンリスクが原因であれば)実物資産や、国債&預金“以外の”金融資産への需要が増えるはずです。
ソブリンリスクがどの程度、消費/貯蓄行動に影響を与えているかを調べる為には、こういったデータを丹念に分析する必要があるように思います。(私自身はデータや実証分析に疎く、直接この問いにお答えすることができません。申し訳ありません。。。)

ソブリンリスクの消費/貯蓄への影響

返信メールで有益なご指摘をいただき、有難うございました。

「ソブリンリスクの消費/貯蓄への影響」については、ご指摘の通り多面的に考える必要があると思います…。ソブリンリスクによる将来の社会福祉や年金についての不安から、将来の生活への備えを考えるのは自然な成り行きですが、それが「消費/貯蓄」の具体的行動にどのように現れるかは、かなり複雑な経路が有りそうです。
安田先生の「貯蓄を増やす場合にも、(ソブリンリスクが原因であれば)実物資産や、国債&預金“以外の”金融資産への需要が増える」とのご見解は客観的真実だと思います。具体的には、不動産や外貨建て金融資産への貯蓄・投資のために日常的な消費を抑制する方向が考えられます。

「ソブリンリスクの消費/貯蓄への影響」について、思いつきの私見で恐縮ですが、次のような仮説はいかがでしょうか…?
ソブリンリスクが将来の漠然とした不安にとどまっている場合は、ソブリンリスクは日常消費の抑制(貯蓄・投資の促進)方向に作用し、ソブリンリスクが顕在化して日々インフレが進行する状況では、ソブリンリスクは日常消費の促進(貯蓄・投資の抑制)方向に作用する。
(ソブリンリスクが顕在化している状況では、日常消費の負担増大により、ソブリンリスクは、不動産や外貨建て金融資産への貯蓄・投資に対して抑制の方向に作用すると思われます。)


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