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安藤馨氏「制度とその規範的正当化---特に帰結主義と社会規範の関係を巡って」(第24回VCASIセミナー)

日時: 
2010年5月10日(月)19:00-
場所: 
日本財団ビル2階会議室1(http://www.vcasi.org/access.html)
発表者: 
安藤馨(法哲学、規範理論/東京大学大学院法学政治学研究科)
概要: 
本報告では、社会に於ける諸個人の個別の行為ではなくその全体が織りなす行為パターンとしての制度・社会規範といった対象が規範理論的・政治哲学的に正当化されるということがどういう事かを改めて整理し、更にその応用として帰結主義的規範理論(なかんずく功利主義)が社会規範をどのように位置づけるかに関する基礎的な議論を試みたい。この作業は、功利主義を初めとする帰結主義理論の下で、立法などの統治的行為・国家介入によって社会規範を執行し維持し或いは改変し或いは破壊することが果たして正当化されうるか、そうだとして、どのような介入が正当化されるか、を論ずるための基盤となるべきものである。

上述のような議論を踏まえつつ、特に、(消極的)自由や自律に内在的な価値を認めない功利主義の下で、どのような統治が正当化されうるかを改めて確認しつつ、時に「アーキテクチュア的統治」として大雑把に括られがちな統治の諸様態について概念的分節化を行うことで、統治に於ける社会工学の規範的基礎がいかなるものであるかを議論していくことにしたい。

参考文献

安藤馨 『統治と功利 功利主義リベラリズムの擁護』(勁草書房、2007)
安藤馨 「アーキテクチュアと自由」 in 『思想地図〈vol.3〉特集・アーキテクチャ
(NHKブックス別巻)』(日本放送出版協会、2009、pp.136-159)
安藤馨「功利主義と自由 統治と監視の幸福な関係」 in 『自由への問い 4 コミュニケーション(北田暁大 編)』(岩波書店、2010、pp.72-98)
L. Murphy, ``Institutions and the Demands of Justice'', Philosophy & Public Affairs 27 No.4,1999 pp.251-291
G.A. Cohen, Rescuing Justice and Equality, Harvard University Press, 2008
A. Sen, The Idea of Justice, Belknap Press of HUP, 2009

報告文

※ 本セミナーでの報告後、「制度とその規範的正当化 : 帰結主義と社会規範の関係を巡って」が2010年9月に北海道大学グローバルCOEプログラム「多元分散型統御を目指す新世代法政策学」から出版されました。

2010年5月10日、VCASIは法哲学が専門の安藤馨氏(東京大学大学院法学政治学研究科)をお招きし、第24回VCASIセミナー「制度とその規範的正当化---特に帰結主義と社会規範の関係を巡って」を開催した。このセミナーでは、社会における個人の個別の行為ではなく、その全体が織りなす行為パターンとしての制度や社会規範が規範理論的・政治哲学的に正当化されることの意味を整理し、その応用として帰結主義的規範理論は社会規範をどのように位置づけるかが議論された。

発表の冒頭では、議論の前提となる概念について予備的整理が行われた。こうした道具立てを使って、まず制度を道徳的に正当化する際に、諸個人の行為の正義評価に先立って制度の道徳的評価を行う制度主義(institutionalism)の立場は維持困難であることが示された。そこで安藤氏は、主体の選択に課される正義の要求が先行して存在し、そこから制度の道徳的正当化が導出されるという立場を前提に、制度の道徳的評価の構成の仕方を考察した。

個人主義的アプローチから規範の正当化を行うモデルとしては、「自然犯型モデル」(mala in se type)と「法定犯型モデル」(mala prohibita type)がある。安藤氏は、これらの正当化のタイプを間接的行為帰結主義の立場から検討した。行為帰結主義は規則帰結主義に対立する概念であり、規則帰結主義が「仮に全員がそれを受容して行為するならば最善の事態がもたらされるだろうような最適規則体系に照らして、Sがαすることが命じられているとき、Sがαすることが正しい」と主張するのに対して、行為帰結主義は「人々が現実にとるだろう行為選択を所与として、主体の行為選択肢中で最善をもたらすだろうような行為を当該主体がなすことが正しい」と主張する。また、間接帰結主義とは、「エゴイズムのパラドックス」(ある目的価値を最大化しようとする際に、直接それを目指すことが目的の達成を妨げてしまう)に対処するために生まれた考え方であり、行為の客観的正しさは行為帰結主義で決まるのだが、実際の意思決定方式は、経験則やその他の準則によって決められるという立場を指す。

まず、自然犯型モデルでは、当該の規範が「Sにφせよ」と命じる際に、Sがφすることが道徳的義務として先行していることを要求する(たとえば法規範における殺人の禁止が典型例である)。この種の正当化を行う場合、制度的規範が道徳的に正当化されるためには、社会の構成員の全員について、当該規範が他の人々の現実の行為様態を所与として正当化される最適意思決定方式の命ずる行為規範に一致している必要がある。しかし、人々が実際にどう振る舞うかを所与として自分が義務を果たした場合どうなるかを考えると、一般に諸個人間の意思決定における行為規範が共通しているとは考えられない。したがって、制度的規範の自然犯型モデルによる正当化は、先行する社会規範の存在を必要とするのである。こうして、自然犯型モデルと行為帰結主義を結合すると、制度の正当化はリバタリアンかつ保守主義的なものにならざるをえなくなる。だが、現代型立法の持つ性格を考えると、この正当化モデルの適用可能性は非常に制約的であるといわざるを得ない。

他方、法定犯型モデルは制度的規範の定立に先立って当該行為が道徳的に正当化されていることを要求しない。これはさらに法定犯型行為指導モデルと法定犯型非行為指導モデルとに分けられる。前者では、規範がφを指令することによって、φすることが道徳的義務となる(遵法責務がある場合の法規範が典型例)が、後者では、規範がφせよと指令することによってφする道徳的義務になるとは限らないものの、その規範は正当化される。この場合には、当該規範を定立し、維持する行為が道徳的に正当化されていることになる。

法定犯型行為指導モデルにおいては、先行する社会規範の存在に訴えることができないにもかかわらず、自然犯モデルのときと同様に、当該規範の正当化に必要とされる行為パターンを創り出せなければならない。だが、そのようなことが可能なのは、制度的規範が制度的規範であることによって人々の間に一般的遵守を生み出せる場合に限られる。このため、このモデルは、人々の遵法責務への動機づけに依存しているという意味で、達成可能な立法範囲に制約を受けることになる。
法定犯型非行為指導モデルでは、制度的規範の定立が立法者における行為選択として道徳的に正当化されても、被治者がそれに従うことが道徳的に要求されるわけではない。この場合、定立した規範に従うか否かを問うのではなく、現実にどのような事態が生ずるかを問うのである。たとえば法規範の場合、ある法規範を定立した結果として、人々が見せるさまざまな反応の結果として生じる事態が、立法者にもたらしうる最善の事態であればいいのである。つまり、このモデルは、被治者の傾向性を所与として最善の事態を引き出そうと努めるわけだが、法に対する被治者の道徳的信頼と遵法責務的動機づけを強化することはないのである。

ベンサムの考えていた立法の描像はまさにこのようなものであった。ここで、帰結主義には、被治者の一般遵法傾向性をある程度まで保全するような統治選択を行い、そうした傾向性を掘り崩すような急進的統治を回避する道筋と、人々の傾向性を直接に操作しようとする道筋とが開かれている。サンスティーンが主唱するリバタリアン・パターナリズム(実力的強制によることなく被治者を望ましい方向へと傾向づける行動経済学的技法を用いることを提案する)や、物理的構造によって一定の行為以外を物理的に行い得ないようにしてしまうアーキテクチャ的統治技法などが現在姿を表わしつつあり、後者の道筋を実現する環境が目下急速に整いつつあるのである。
こうした新たな統治の技法を論ずる際には「傾向性介入」と「顕現介入」を概念的に区別することが可能であることも示された。まず傾向性介入は主体の内在的欲求に手を加える方法と、内在的欲求そのものを変化・除去させる方法に大別される。前者の例として啓蒙や刑罰、後者の例として教育や薬物投与などが想定される。次に顕現介入は傾向性自体には手を加えず、その顕現に介入する方法に区別される。人々の内面への介入を一切行わず物理的構成を変更することである。ここで安藤氏はリバタリアン・パターナリズムと物理的規制の性質の差は最終的には消極的自由の問題であることを強調し、何ら悪しき点があるとは考えないと断言した。そして、むしろ新たな統治資源は法定犯型非行為指導モデルに基づいた制度設計の有用な道具であることを強調した。

当日はVCASIフェローの大屋雄裕氏(名古屋大学)、瀧澤弘和氏(中央大学)をはじめ、意思決定理論、ゲーム理論、計量経済学、政治学、法律学などを専門とする研究者、実務家、学生などが多数参加し、活発な議論が行われた。



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