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山口一男氏「女性就業者のネガティブ・ステレオタイプについての2種の予言の自己成就メカニズムとその解消への道筋について」(第27回VCASIセミナー)

日時: 
2010年7月8日(木) 17:00-
場所: 
日本財団ビル2階第8会議室
発表者: 
山口一男(VCASIフェロー・シカゴ大学・経済産業研究所/http://sociology.uchicago.edu/people/faculty/yamaguchi.shtml)
概要: 
川口章は近著『ジェンダー経済格差』で経済における男女格差が埋まらない原因をゲーム理論における戦略的補完性の概念で説明を試みている、私は近著『ワークライフバランス 実証と政策提言』でわが国において男女共同参画が進まない理由を、女性への統計的差別が経済的に非合理でありながら、その非合理を解消しにくい構造があることにより示した。今回の発表はこの2つの考えを統合する形で、特に女性のネガティブ・ステレオタイプに2種の予言の自己成就的メカニズムがあること、予言の自己成就が成立するには一定の条件があることを示しながら、他の制度との戦略的補完性を持つため解消が難しいと考えられる女性の統計的差別について、その解消の道筋を議論する。
報告
本セミナーの内容がRIETIからディスカッションペーパーとして公開されました。
女性雇用者のネガティブ・ステレオタイプは企業が生みだしている:二種の予言の自己成就の理論的考察とその対策

参考文献:(山口氏に作成していただいた参考文献の一覧を転載いたします。)

必読文献
山口一男 2009『ワークライフバランス 実証と政策提言』5章

他の参考文献
Coate Stephen and Glenn Loury 1993. “Will Affirmative-Action Policies Eliminate Negative Stereotypes?” American Economic Review 83: 1220-40.

川口章 2008『ジェンダー経済格差』5章

Yamaguchi, Kazuo. 2000. "Rationality of Initiators and Rationality of Threshold-Based Behavior of Followers in Collective Action: Insight From Non-Expected Utility Models." Rationality and Society 12:185-225.





報告:
2010年7月8日、山口一男氏(VCASIフェロー、シカゴ大学、RIETI)による第27回VCASIセミナー「女性就業者のネガティブ・ステレオタイプについての2種の予言の自己成就メカニズムとその解消への道筋について」が開催された。青木主宰を始めとして20名ほどが参加し、活発な討論が行われた。

今回のセミナーは、山口氏が前著『ワークライフバランス』の第5章「男女の賃金格差解消への道筋」を受けて、より詳細に男女の雇用差別を発生させているメカニズムの本質に迫り、その解消の道筋を探ろうとする意図で行われた。山口氏の主張は、現在、日本社会に広く見られる女性に関するネガティブ・ステレオタイプは、女性自身の問題ではなく、「予言の自己成就」のメカニズムを通して日本企業が生み出しているものであるというものである。「予言の自己成就」とは、社会学者マートンによって最初に指摘された概念であり、人々がある社会的結果に対する予測をもって行動すると、その行動が原因となって、現実にもそのような社会的結果が実現してしまうようなメカニズムのことをいう。このメカニズムを具体的にとらえるために、山口氏は2つの種類の女性に関するネガティブ・ステレオタイプをとりあげる。具体的には、(1)「女性雇用者は、結局、結婚・育児退職してしまうから、人材投資してもしかたがない」、(2) 「女性は男性に比べて生産性が低い」というステレオタイプである。

まず、最初に第1のネガティブ・ステレオタイプに関して、山口氏は、経済学者ベッカーが離婚に関する予言の自己成就を説明したモデルを拡張して応用し、女性の結婚・育児離職がいかにして予言の自己成就メカニズムの影響を受けているかを説明した。このモデルでは、(1)離職確率pは、企業による人材投資s、賃金w、離職の外生的リスクを示すパラメータαによって決定される(すなわちp=f(s、w、α)のように表わされる)が、他方で(2)企業による人材投資sは企業が予測する離職確率pによって決定され(すなわちs=h(p))、(3)賃金wは離職確率pと人材投資sによって決定される(すなわちw=g(p、s))ものと考えられている。ここで重要なのは、(2)と(3)の仮定において、離職率に関する企業の予測がいわば「罰」として先取りされて、人材投資の量や賃金水準に影響を及ぼすと考えられていることである。このモデルの均衡を考えると、たとえばワーク・ファミリー・コンフリクトの高まりなどによるαの増加は、直接的に(関数fを通して)離職率の増加に影響を及ぼすだけでなく、それがさらに企業の離職率増加に対する予測を通して人材投資sや賃金wを低下させるという経路を通して、さらに離職率を高めることが示される。企業による「先取り的罰」がネガティブなサイクル(αの増加が離職率に与える影響を増幅させること)を作用させているわけである(こうした結果が生じる条件については、本ページ内にある山口氏の当日の発表資料を参照のこと)。

次に、第2のネガティブ・ステレオタイプである女性の労働生産性の低さついては、コートとラウリーのゲーム理論モデルを応用した分析がなされた。ここでは、多数の雇用者(労働者)たちが男女2つのグループに分かれており、(同質的な)企業に応募をする。企業には2つの職種が存在していて、仕事1は「有資格者」にしかできないが、仕事0は誰にでもできる仕事である。企業にとって、応募してきた労働者が有資格者であるとわかれば仕事1に、無資格者であれば仕事0に割り当てることが最適な選択だが、労働者が有資格者であるかどうかは直接観察できないものと仮定されている。そこで、企業は採用試験などを行い、各労働者に対して能力のシグナルθを観察し、それに応じて仕事1に割り当てるか、仕事0に割り当てるかを決定せざるを得ない。ここで、有資格者の方が無資格者よりも高いシグナルθの値が観察される可能性が高いような状況を考えると、企業は各労働者のシグナルを観察し、それがある閾値よりも大きければ、当該応募者が有資格である確率が高いと考えて仕事1に割り当て、そうでなければ仕事0に割り当てるという行動を選択することになる。さらに、労働者たちは、こうした企業の行動を予想したうえで、労働者ごとに異なる一定のコストをかけて、有資格者になるための自己投資を行うかどうかを決定する。すなわち、労働者の人口のうち、有資格者としてシグナルを発して仕事1に採用されることから得られる便益の方が、自分にとっての自己投資のコストを上回るような労働者が自己投資を行うことになる。

このモデルでは複数の均衡が生じるが、そのうちの1つでは、企業が女性のグループに対して設定するシグナルの閾値が男性のグループに対するそれよりも高くなるため、女性の労働者たちは自己投資を割に合わないものと考えてしまい、自己投資を行う人々の割合が低くなってしまう。これは非効率な均衡である。しかもそこでは、男女差別をもたらす、予言の自己成就のメカニズムが作用していると解釈することが可能である。それでは、こうした均衡をなくすにはどうしたらいいだろうか。

コートとラウリーの原論文は、上記の分析を白人と黒人の間の差別の分析に用いてアファーマティブ・アクションの効果を分析しているが、アファーマティブ・アクションの結果、黒人は白人よりも低い閾値で仕事1につけるようになって、かえって自己投資を行わなくなる可能性が指摘されている。山口氏は、上記のモデルの詳細な分析に基づき、非効率な均衡を崩すための方策として、(1)人事担当者・中間管理職による人事決定のリスク回避性を打破すること、(2)試験採用期間を利用するなどしてシグナルの精度を高めることを提案する。(1)は企業が女性のグループに対して設定する閾値の水準を低下させるように作用し、(2)は労働者の自己投資へのインセンティブを高めることで、女性グループへの差別が発生している均衡をなくす可能性を高くするからである。また、事前の時点で企業が各グループに対して持つ意識(これは各グループで自己投資をする人口の割合に対する予測として表わされる)がさまざまに異なる場合に、どのようなダイナミクスが観察されるかという分析も提示した。

最後に山口氏は、総合職、一般職、非正規といった職種のタイプと雇用時間の柔軟性のなさとが密接に結びついている日本の雇用慣行が持つ問題点を指摘し、こうした制度を改革することが男女の雇用差別の解消にとって必須であることを主張した。

ビデオあり: 
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