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楡井誠氏「経済学におけるべき乗則」(第28回VCASIセミナー)

日時: 
2010年9月16日(木) 17:00-
場所: 
東京財団A会議室
発表者: 
楡井誠氏(経済学/一橋大学イノベーション研究センター)
コメンテーター:大石晃史氏(物理工学/東京大学)
概要: 
 所得のパレート分布や都市のジップ法則に代表されるように、べき乗則(power laws)は経済に縁の深い実証的法則でありながら、その含意は理論的にも方法論的にも未だ汲み尽くされていない。このセミナーでは、べき乗則にあまりなじみのない経済学者を念頭に、べき乗則を簡単に解説し、それに動機づけられた経済理論モデルを紹介する。
  まず、資産・所得のパレート分布を題材に、家計や企業のサイズの異質性にかかわるべき乗則を紹介し、その説明を試みる(1)。次に、べき乗則一般を生成するいくつかのモデルをサーベイする(2)。最後に発展的題材として、内生的振動にかかわるべき乗則について議論する(3)。
 参照文献
(1) M. Nirei, "Pareto distributions in economic growth models", IIR Working Paper 09-05
(2) M.E.J. Newman, "Power laws, Pareto distributions and Zipf's law", Contemporary Physics, 2005.
(3) M. Nirei, "Aggregate fluctuations of discrete investments", IIR Working Paper 08-08
 
【報告文】

  第1に,所得分布・資産分布を例にとって,「べき乗則」とは何なのかを直観的に理解してもらうように説明したい.また,それを説明する一つの例としてmultiplicative process(乗法的プロセス)というものを使った経済学的な説明を提示する.

  第2に,べき乗則を生成するモデルはmultiplicative processだけでなく,他にもあるので,まとめてサーベイしたい.

  第3に,ボトム・アップで振動現象が出てくる際に,べき乗則が非常に重要な役割を果しているのではないかという考えがある.つまり,べき乗則が複雑系を特徴づける普遍的な特徴なのではないかという推測がある.それに関連して臨界現象の分析がある.これについても経済学との関連で紹介したい.経済学で分析する際には,均衡論との整合性を考慮に入れた方が望ましい.そうすると理論的には制約が強くなる.そこをうまくやるような方法論を提起したい.

  (実際には時間切れのため,報告は,第1の部分と,”combination of exponentials”というべき乗則に対する見方の説明で終わっている).

●所得分布についての経験的事実

  スライドの3ページの図は,アメリカと日本の所得の累積分布を両軸ともログでプロットしたものである.高額所得の方の分布の振舞いを見るには,税務データが非常に役に立つ.その他のデータではテイルの部分が過少評価されてしまうからである.この図のテイルのところに非常に綺麗な法則性―両ログ・プロットで線形になっている―が見てとれるが,これがべき乗則(パレート分布)である.

  パレート分布ではPr(X> x) ∝xとなっている.このλの値は両ログ・プロットの直線の傾きの絶対値であり,パレート指数と呼ばれるものである.日本の例だとλはほぼ2になっている.2というのはパレート指数の中央値である.なぜ2なのかというのも,私の研究のモチベーションの1つである.

  この分布でおこっていることを直観的に説明すると,仮に自分が1000万円稼いで1000万クラブに参加しているとする.そのメンバーの中でその1パーセントがその10倍の1億円稼いでいることになる.1億円クラブに行ってみると,やはりそのメンバーの1パーセントがその10倍稼いでいることになる.それがどこまで行っても終わらないというのがパレート分布の特徴である.そのような特徴は中産階級の部分にはない.たとえば300万円程度では累積分布は凹になっているので,こういうことはおこらない.

  時系列的に,アメリカの所得分布のテイルを見てみると,ここ100年を通じて,パレート指数が変化してきたことがわかるが,一貫してパレート分布になっていることがわかる.現在と1920年代はパレート指数が低く,1970年代には高いことがわかる.大体中央値は2くらいである.パレート指数が低いというのは不平等度が高いことを意味している.これはお金持ちの部分でどのくらい不平等なのかを示しているが,社会全体での不平等度とどのように関連しているのかを見てみると,トップ1パーセントのシェアとパレート指数は非常に密接に関係していることがわかる.つまり,パレート指数と経済全体の不平等度とはかなり密接に関係している.トップ5パーセントの所得シェアがジニ係数にどれほど貢献するのかを時系列的に示したのが,8ページの図である.これを見ると,ジニ係数の変動の大体半分はトップ5パーセントの所得シェアで説明できることがわかる.

●理論的説明

  こうした経験的事実(所得分布はばらつきが大きく,テイルが重い)の説明は多数あるが,おそらくもっとも有力で有用なのはログ・ノーマル仮説である.「ジブラの法則」というのは,もしも成長率が定常的なランダム・プロセスで,毎期,独立かつ同一分布に従っているならば,サイズそのものは対数正規分布に従うだろうというものである.これを対数正規プロセスという.また,パレート分布は大まかにいって対数正規で近似できるといっていい.

  しかし,対数正規プロセスでは,所得の対数の分散が時間に比例して大きくなってくるはずであるが,このようなことは現実には起っていないというのがカレツキの指摘だった.ここから,戦後さまざまな説明がなされることになった.これはおおまかにいうと,乗法的マルコフ過程で説明しようとする50年代の研究で,これで大まかな所得分布の形や,それを生み出すメカニズムがmultiplicative processであるというコンセンサスができあがった.しかし,この研究でたりなかったのは,経済学のモデルとの結びつきが非常に弱かったといえる.私の研究はこの点で貢献したものである.

  所得分布が経済成長モデルの中でどのように扱われてきたのかというのが,次のスライドである.おそらく一番初めになっているのは,ソロー・モデルで所得分布がどのようになっているのかということを考えたスティグリッツの論文で,ソロー・モデルの話を個人レベルに当てはめると平等が生じるということを述べたものである.

●楡井モデルとその含意

  私の研究が答えようとしている問題は,単純なソロー・モデルやラムゼー・モデルで,パレート・テイルをもった定常的な相対所得分布を生み出すことができるのか,パレート指数がなぜ2あたりなのか.成長や政策が不平等度にどのような影響を与えるのかという問題である.

  異質的な家計が連続体で存在し,各家計は裏庭(backyard)で,資本と労働から生産物を生産する技術を持っているとする.資本は裏庭に備わっている自分自身の資本で,資本市場は存在しない.生産性は共通したトレンドに個別ショックをかけた形をしている.各家計は非弾力的に1単位の労働を供給する.こうしてモデルを解いて,集計してやると,連続体で存在する個々の家計に生じる個別ショックの影響は消えてなくなり,通常のソロー・モデルが持つ非常にいい性質を持っている.

  家計レベルでの資本を見てみると,トレンドを除去した集計資本が定常状態にあるときの,トレンドを除去した個人資本xi,t(個人iのt期におけるトレンドを除去した資本量)を見てやると,xi,t+1= gi,t xi,t+zというケステン過程にしたがっていることがわかる.ここで,gi,tは確率的な資本収益率を,zは労働所得からの貯蓄を現わしている.ここから直ちに,家計のトレンドを除去した資本はそのテイルがパレート分布を持つような定常分布を示すことが出てくる.すなわち,Pr(xi,t> x) ∝xである.ここで,λはE(gi,tλ)=1によって決定される.また,家計の所得も同じテイル分布に従うことがわかる.

  このモデルによってパレート指数λを経済学的なパラメータによって,特徴づけることができる.各家計の生産性に関する個別ショックが分散σ2の対数正規に従っているときには,λが必ず1より大きくなり,定常分布は有限の平均を持つという命題が得られる.λが1より小さくなると,非常に不平等度が高い分布であることが知られている.また,各家計の資本リターンのリスクσが高くなると,λが低くなり,不平等度が大きくなることがわかる.

  指数λを持つパレート分布は,λ以上のkに対して,k番目のモーメントが定義できなくなる.たとえばλ=1のときには1番目のモーメントである平均が存在しなくなる.これは実証科学の立場にとっては,データのサンプルは有限なので,その平均はいつだって計算できるが,母集団で平均が定義できないときには,その平均が意味を持たなくなることを意味している.データ数を増やせば増やすほど,平均が大きくなってしまうからである.これは所得のばらつきを見るときに,経験的に(二次のモーメントの)分散をそのまま使わないことと関連している.

  λが1より大きくなることをモデルが予測しているということは,有限の平均を持つことを意味しているが,これは社会科学的に意味を持っていると思われる.λが1よりも小さい社会は,たとえていえば,王様や貴族がいる社会のようなものであり,人口が大きくなるにつれてお金持ちの富のシェアは1に収束していくのである.

  ソロー・モデルではλが1より大きいことが示されたが,λと2の大小関係については明確なことを言っているわけではない.個人の富成長の分散の分布はパレート指数λ/2となるので,λが2よりも小さければ,これは無限の平均を持つことになる.つまり,リスク負担の不平等度がλが2よりも大きいか否かで質的に異なっていることになる.

  λはσに関して減少的である.また(トレンドの)成長率が高いとλ(不平等度)が減少する.これは中産階級から高所得者への参入が増えるからである.労働所得からの貯蓄が下側から働いていると同時に,資本所得にmultiplicative processが作用しているという形で,ケステン・プロセスが作用しているというイメージで捉えるとわかりやすいだろう.

  含意として,政府が再分配政策をやるとλに影響を与えられることがわかる.所得税や相続税の増加,利潤保険の導入はλを増加させる.スライドの25ページはシミュレーションによって収束のスピードを見たものである,σの増加によるλの増加の効果はすぐに表われてくることがわかる.また,レーガンの減税政策と同じように,限界税率の50パーセントから28パーセントへの削減の効果を見てみたところ,やはり不平等度の増大がかなり早く現われることがわかるが,これだけでレーガンの減税政策が現実にもたらした不平等度の増加のすべてを説明できるわけではないが,ある程度は説明できる.

  次に,貯蓄率も家計が最適に決めるというラムゼー・モデルを見てみる.このモデルでは個人の資産の決定方程式の上の方((19)式の上)を見てみると,ケステン・プロセスにおける定数項が存在しないので,対数正規プロセスになってしまう.ただし,死んで資産がリセットされる確率を入れてやれば,パレート分布が復活することになる.また,家計の借入制約を入れてやっても,定常分布はパレート分布となる.

●べき乗法則を説明するその他のモデル

  べき乗則を説明するモデルとして,第1に,今まで説明してきたようなmultiplicative processとその変形バージョンがある.第2には,今日の後半の話でやるつもりだった臨界現象がある.もう一つ,3番目としてcombinations of exponentialsということが有力な仮説として言われているので,これを説明したい.スライドの36ページである.

  指数分布を生み出す非常にロバストなメカニズムが存在するならば,それの指数関数バージョンとしてべき乗則が表れるということが示されている.指数分布を生み出すようなメカニズムでよく知られているのが,統計力学で出てくる一連の分布である.その例としてよくあげられるのが,大気の密度である(ラプラスの法則).大気の分子はランダム・ウォークしているが,重力で下方に力が作用している.さらに地表よりも下にはいけないようになっている.このとき,大気の分布(地表からの高さ)は指数分布に従うことを示すことができる.とすれば,それの指数関数はべき乗則に従うわけである.上のモデルで導出した内容は,ケステン・プロセスにおけるzを下の閾値(地表)と見なせば,こうした観点で見直すこともできる.



ビデオあり: 
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