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公開研究会「言語の起源と進化について」

日時: 
2010年10月1日(金) 14:00-18:00
場所: 
日本財団ビル2F A会議室
発表者: 
長谷川真理子(人類学/総合研究大学院大学)
入來篤史(脳科学/理化学研究所)
橋本敬(複雑系科学/VCASI,北陸先端科学技術大学院大学)
概要: 
 1866年「パリ言語学会」は,言語の起源についてあまりにも荒唐無稽な説が次々と提出されることから,言語の起源に関する論文を受理しないとする条項を創立規約に盛り込んだという.しかし,その後もこの問題に対する人々の好奇心は尽きることがなく,20世紀に入り,ヒトを研究するアプローチがさまざまな広がりを見せるにつれて,新たな視点からこの問題に挑む可能性が大きく開けてきた.さらに,言語の「起源」ばかりでなく,その「進化」のプロセスに焦点を当てる研究もかつての歴史的な比較言語学を超えて,今日多様な広がりを見せつつある.
 ヒトとヒトが形成する社会を研究する上記のアプローチの中には,進化生物学,認知科学,脳科学,複雑系科学と,それに影響を受けた心理学,人類学,言語学等々の関連諸分野が含まれる.今日では,言語の起源と進化の問題の解明に,こうした諸分野をまたいだ学際的対話が必要であることが明らかになっている.
 今回のVCASI公開研究会では,人類学,脳科学,複雑系科学等の分野において,この問題に挑んでいる方々をお招きして,われわれが言語の起源と進化について,どこまで知りえているのか,その最先端の研究成果と課題を共有したい.また,これと合わせて,上述したようなヒトに対する研究アプローチから同じく強い影響を受けつつある,経済学や社会学等の分野の研究者との交流の中から新たなアイディアを探る場としたい.

プログラム(予定):
14:00-14:10 青木昌彦 趣旨説明
14:10-15:10 長谷川真理子氏報告「競争的知性と協力的知性:言語進化の底にあるもの」
15:10-16:10 入來篤史氏報告 「霊長類の知性進化の神経生物学」
16:10-16:25 休憩
16:25-17:25 橋本敬氏による報告「言語と記号コミュニケーションの進化:構成論と実験によるアプローチ」
17:25-18:00 パネル・ディスカッションおよび質疑応答
 
入來篤史氏の報告と橋本敬氏の報告の動画公開は発表者の希望により見送りました。ご了承ください。

 


報告: 2010年10月1日,公開研究会「言語の起源と進化について」が開催された.約20名ほどが参加し,活発な討論が行われた.各報告者の報告の概要は以下の通り.

〈青木主宰の趣旨説明〉

社会や制度を分析する諸分野は,(1)説明の対象となる現象が個人に属するか,社会に属するか,(2)それらの現象を説明する際の要素として個人内部の資源を重視するか,個人外部にある資源を重視するかで分類できるだろう.たとえば,経済学では伝統的に個人の選好を出発点とし,それがインタラクトして社会全体としての資源配分が決定されると考えられてきた.しかし,近年はゲーム理論の発展の中で,人間の認知の中身としての「事前予想」がどこから来るのかにも関心が及ぶようになり,文化なども考察されるに至っている.また,人間の外部にある要素が人間同士のインタラクションに影響することを重視する考え方も登場している.これらのいずれから見ても「言語」をどう捉えるのかが非常に重要な問題になっている.今日は,最先端の研究者のお話を伺い,社会科学者たちとの間で活発な対話を行いたいと思っている.

〈長谷川真理子氏の報告:「競争的知性と協力的知性:言語進化の底にあるもの」〉

かつてチンパンジーを研究していたとき,私はチンパンジーが嫌いになった.そのときにはどうしてなのかが説明できなかったが,今はわかるような気がする.それは,一言でいえば,彼らに競争的知能があっても協力的知能がないことである. 動物の多くには相手を出し抜く競争的知能が観察されるが,動物界で真の意味で協力による分業を達成しているのは,ごく限られた真社会性の動物(アルなど)とヒトだけである.しかし,協力的知性を進化させたのはヒトだけである.これがヒトが成功した理由だったのだろう.
ヒトの祖先は,200-250万年前のホモ・エレクトゥスあたりに,森林から完全に離れ,サバンナに移った.そこには恐しい捕食者がいたし,水もなく,果実もない.栄養パッケージは地中深く塊茎として存在していた.捕食者から逃がれるにも,地中の栄養パッケージを手に入れるためにも協力することが必要だったのだろう.
ヒトが協力できるようになった契機は「互いに互いの心を知る」という知性である.言語はこのような知性の上に乗ったものである.それによって,自己を認識し,他者を認識し,さらにそれを合わせ鏡に映し,「私がこれを知っていることをあなたは知っているということを私は知って・・・」という3項関係の理解が可能となった.これにより,自己と他者の欲求を理解することが出来,協力が可能になったのだ.
こうしたことは,ヒトでは非常に自然に行える.幼児は他人が何をしたいか(両手がふさがっているが扉を開けたい)を観察によって察し,それを助けてくれる(具体的には立ち上がり歩いて行って扉をあけてあげる).抽象的な動画のキャラクターについての好き嫌いを聞かれれば,より助けようとしているキャラが好まれるなどの結果が出ている.

〈入來篤史氏の報告:「霊長類の知性進化の神経生物学」〉

私は,道具を自分の手や目の延長として知覚するという現象について,それが脳神経的にどう観測されるかを分析しており,そこから何が言えるかを考察している.それはどのような主体がどのような客体に対して何をしたかという観点から整理できるが,これはSVOなどの文法的な構造と考えることができる.特に興味深いのは頭頂部にあるミラーニューロンの発火パターンで,様々な文法構造に対して様々なパターンが観察できる. ヒトでは,命題の逆を真と考えるような論理的誤りが頻繁に観察されるが,これも脳構造の変化から説明できる.このような性質は冗長性につながって進化的に有用だったのではないか.
ヒトの頭頂部の連合野(ミラーニューロンがあり文法構造的な性質を示す部位)はサルと比較すると大幅に拡張されており,この余裕が言語を有無能力につながったのではないかと考えられる.またこの部分は空間的な感覚と運動の連合を司っており,言語に空間をアナロジーとしたものが多いことを考えると示唆的である.

〈橋本敬氏の報告:「言語と記号コミュニケーションの進化:構成論と実験によるアプローチ」〉

言語起源(言語能力の生物的進化)と言語進化(プロト言語から言語がどのように複雑化構造化したかという文化的進化)は異なるものである.ここでは言語進化の議論が主になる.また,私の研究は,言語進化がどのようなプロセスにおいて生じているかを様々なシミュレーションや実験を通じて探っていこうとするものである.
私の研究におけるシミュレーションは,工学的な「時間発展規則を入れて結果を調べる」というものではなく,「いろんな規則を試し,どのような規則なら実際に結果に近くなるかを見る」ための手法であり,「アブダクション」に近いものである.
内容語が機能語に一方向に変化していくという「文法化」の現象にとって,どのような要因が本質的なのかを探ったマルチエージェント・シミュレーションを紹介したい.ここでは,一定数の現実に対して複数のエージェントが発話を行い,それを学習した次の世代のエージェントがまた別の現実セットのなかで発話を行っていく.そこで,文法化にとって文法構造の「再分析」と意味の「類推」という2つの要素が不可欠であるとの仮説のもとに,こうした要素が組み入れられた条件とそうでない条件のもとでシミュレーションをおこなったところ,仮説がサポートされる結果となった.
次に,言語におけるコミュニケーションの役割を考えるための実験研究を紹介したい.被験者に対して,仮想的な空間において互いに出会うと高い利得が得られるような,コーディネーション・ゲーム的状況を設定し,シンボルを用いた制限つきのコミュニケーションを許した.その結果わかったことは,ゲームで成功したペアが,シンボルの使用に関して暗黙のルールを生成し,理解しやすいシステムを使用していたということである.
ビデオあり: 
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