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第14回:政府調達の「競り下げ」導入、効果の見極め 慎重に

政府調達の「競り下げ」導入
効果の見極め 慎重に

神取道宏:東京大学教授

 
 日本経済新聞(2010年7月22日付)経済教室にVCASIフェローの神取道宏(東京大学教授)のコラムが掲載されました。下記に許可を経て掲載させていただきます。

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ポイント

  • 「何度も入札」が価格を下げるとは限らない
  • 「1回だけ入札」と比べて価格が高い場合も
  • 自由な参入を確保しなければ談合招く恐れ

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   無駄が多いと批判される政府の物品購入のやり方を「競り下げ(逆オークション)」という新方式で効率化しようとする方針が、7月6日に閣議決定された。「競り下げ」とは、参加者がインターネット上で他社の提示した価格を見ながら、何度でもそれを下回る価格を入札できる方式で、最終的な安値を提示した業者が採用される。
   政府関係者は「一度しか入札価格を提示できない現行の調達方法に比べ、調達コストを1~2割ほど抑えられるかもしれない」と期待している。もしその通りなら1兆~2兆円規模の財源が捻出できることになり、わが国の危機的な財政事情に対して朗報となるはずである。
   はたして、競り下げはそれほどの効果を持つのだろうか。調達制度の設計に関しては、経済学で多くの研究の蓄積があり、「制度設計論(メカニズムデザイン論)」とよばれる最先端の分野がそれに当たる。そこで本稿では、この分野で得られた知見をもとに、改革案を評価してみたい。結論から言うと、「入札を何度でもできること」自体がコストを大きく下げるかは疑問であり、むしろ改革は「自由な参入」の促進に力点を置くべきである。

   まず、競り下げで何が起こるかを考えてみよう。業者の利益は価格から納入コストを引いたものなので、入札価格が自分の納入コストより高いかぎり業者は利益を求めて競りに参加し、相手の出方をうかがいながら入札価格を徐々に下げていく。そして、価格が納入コストに等しくなると、もはや利益が出ないため、業者は入札から降りる。
   こうして、納入コストの高い業者が順に入札から降りてゆき、最後はコストが最も低い2社の戦いとなる。この2社のコストが20と15であったとすると、最終的にはコスト15の業者が相手のコストと同額の20を入札した時点で相手が降り、競りは終了するだろう。つまり、競り下げでは「最もコストの低い業者が勝ち、落札価格は2番目に低いコストになる」というのが、理論的な予測である。
   これを、現在の政府調達で使われている「封印入札」と比較してみよう。封印入札では、各業者は同時に、たった1回だけ入札額を提出し、最も低い入札をした者がその入札額で受注することになる。このことから考えると、「何度でも値段を下げられる競り下げのほうが落札価格が下がりやすい」ように思われるが、はたしてそうだろうか。
   そこで、封印入札において業者が自らの利益を最大にする行動を、ゲーム理論を使って計算してみる。その詳細はここでは省くが、「自分のコストが一番低いときに、2番目に低いコストはいくらになりそうか」を予想した額を入札するのが最適になる。これは、先に見た「競り下げの結果」と同じ額の予測にほかならない。つまり、業者の予測が平均すると当たっているならば「競り下げでも、現行の封印入札でも、調達コストは平均すると全く同じ」になる。
   これが、ノーベル経済学賞に輝いたW.ヴィックリーの「収入同値定理」である。この定理は、一定の条件が満たされれば、競り下げや封印入札だけでなく「コストが一番低い業者が勝つ」ようなあらゆる調達方法のもとで、政府の平均調達コストは常に同じになることを示し、制度設計論の重要な発見である。

   制度設計論では、こうした机上の理論予測にとどまらず、実験を行って、さまざまな制度のもとで実際に人間がどう行動するかを観察し、結果の信頼性を担保する。そうした実験を行った先行研究は、調達制度に関しておおむね次の2点が成り立つことを示している。第一に、競り下げ方式での人間の行動は、ほぼ理論予測どおりである。第二に、封印入札では理論値よりもやや低めの入札がなされる。これは、さまざまな実験でくり返し追認されている現象である。
   理論どおりなら競り下げと封印入札の調達コストは同じであるから、結局、現実においては(理論値よりも入札額が下がる)封印入札のほうが、調達コストが低い可能性が大きい、ということである。これは、政府の期待とは逆である。
   そこで私は先日、東京大学の学生による実験を行い、封印入札と競り下げを比較してみた。各学生にはランダムに0から100までのコストを割り当て、学生は相手のコストを知ることなく入札に参加する。参加者が3人、5人、10人のケースについて、30回異なったコストを割り当てて入札した結果は、先行研究の実験結果を忠実に再現するものだった。つまり、競り下げと比べて、封印入札の落札額が低めとなったのである。
   図は、参加者3人の実験での落札額を表したものである。図の30個の点は、30回の異なるコスト条件をそれぞれ表しており、各点の位置は、同じコスト条件のもとで、競り下げの場合の落札額(横軸)と封印入札の場合の落札額(縦軸)を表している。これらの点の分布は45度線より下に偏っており、平均すると現行公式である封印入札の落札額のほうが低い。参加者5人、10人のケースも同様で、結局この実験では、政府の期待とは逆に現行方式のほうが改革案より落札額が平均で27~57%ほども低かった。

   

   以上はすべて、業者が自分のコストをよく知っており、またコストのばらつきが独立で同じ分布に従うときの話である。逆に、業者間のコストが強く相関しているケースや、自分だけがコストを過少に見積もったせいで入札に勝ってしまうことが心配になるようなケースでは、競り下げが調達費用を下げる効果を持つことがわかっている。こうした様々な要因のどれが重要かは、実施するまでわからないので、現段階で競り下げのコスト削減効果に過剰な期待を抱くのは禁物である。
   「競り下げをすると調達コストが約2割下がる」という期待の背景には、先行事例の読み間違いがあるようだ。政府関係者は、国土交通省地方整備局での試行事例や、民間企業での利用例などを参考にしている。それを見ると、「2割のコスト削減効果」といわれているのは、実は競り下げの落札価格が「現行の入札方式の落札価格と比べて」約2割下がるのではなく、「競りの開始価格から」2割下がるということなのである。競り下げでは何度でも値段を下げられることから、業者はかなり高めの入札価格から出発するはずである。こうした高めの開始価格から2割下がるからといって、競り下げが現行入札方式より2割価格を下げると考えるのは早計だろう。
   最後に、改革案の優れた点をあげてみよう。競り下げでは、先に見たとおり一般的にコストが最低の業者が勝ち、社会全体の費用負担が最適になる利点がある。1回限りの入札による現行方式の勝者は、業者の思惑に左右される場合があるためこの限りではない。また、新方式がインターネットを利用して広く参加者を募ることができれば、競争促進を通じた費用削減が期待できる。
   改革成功の鍵は、入札のルールをいじることより、とにかく業者の自由な参入を確保することにある。とりわけ重要なのは談合の防止である。談合は全員が団結してこそ実効性を持つのであり、部外者を1人入れるだけで簡単に崩すことができる。現行の不透明な制度では、入札に参加できる業者が実質的に狭く限定され、談合を招いている恐れがある。この点が是正され談合が阻止されるケースにおいては、政府が掲げる2割のコスト削減も夢ではない。
   逆に、この点が是正されないと、新制度は談合の温床になる恐れがある。というのは、競り下げでは談合を破った者にその場で報復できる(さらに低い価格で応戦できる)ため、むしろ現行の入札方式より談合しやすいからである。
   もとより、本稿の目的は政府案の疑問点をあげつらい改革の腰を折ることではない。政府調達費用が民間よりも割高で、改革が必要なことは間違いない。そうした改革の意志を具体化し、真に効果のある政策を作るには、制度の機能を理論と実験を通じて十分に考えつくす先端研究の知見が必ず役立つであろう。


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