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高橋英彦氏「意思決定にかかわる社会的情動の神経基盤」(第34回VCASIセミナー)

日時: 
2011年1月28日(金)17:00
場所: 
日本財団ビル3階A会議室(http://www.vcasi.org/access.html)
発表者: 
高橋英彦氏(京都大学大学院医学研究科)
概要: 
伝統的な経済理論ではプレーヤーは合理的で個人の効用を最大となるように振る舞うものと想定されてきたが、実社会の人間の行動の中には、必ずしも合理的とは言えない意思決定が少なからず存在する。それらの意志決定に深く影響しているのが情動と考えられる。筆者は、特に社会的場面で生じる社会的情動の神経基盤を機能的MRIをい用いて検討してきた。また、最近は、その分子基盤を明らかにするため分子イメージング技術も利用しており、最近の知見も併せて紹介したい。
参考文献
Hidehiko Takahashi, et al. Cerebral Cortex(2008) “Neural Correlates of Human Virtue Judgment.”

Hidehiko Takahashi, et al. Science(2009) “When Your Gain Is My Pain and Your Pain Is My Gain: Neural Correlates of Envy and Schadenfreude.”

Hidehiko Takahashi, et al. The Journal of Neuroscience(2010) “Dopamine D1 Receptors and Nonlinear Probability Weighting in Risky Choice.”

Hidehiko Takahashi, et al. NeuroImage(2004) “Brain activation associated with evaluative processes of guilt and embarrassment: an fMRI study.”

報告文
2011年1月28日、VCASIは神経科学・脳科学が専門の高橋英彦氏(京都大学大学院医学研究科)を迎え、第34回VCASIセミナー「意思決定にかかわる社会的情動の神経基盤」を開催した。

高橋氏の発表は、前頭側頭型認知症(Fronttemporal Dementia)と呼ばれる病名への言及からはじまった。その名の通り認知症の一種であるこの病は、特に他者と共有している(はずの)社会的文脈に極端に鈍感になる症状を持ち、たとえばこの病にかかった企業経営者がそれ以降公の場で躊躇なく卑猥な単語を連呼するようになったといった挿話で知られている。興味深いのは、この病の患者は健常者に比べいわゆる心の理論(Theory of Mind)を著しく欠くようになるという研究結果である。心の理論は他者が(客観的事実や自分自身のそれとは異なる)独自の心的状態・信念を持つことを理解する能力のことであることを思い出すと、上の挿話にも納得がいく。

この導入を踏まえ、発表の前半では心の理論がその基礎をなすと考えられる様々な社会的情動について、その脳神経的機構を解明しようとする近年の研究が紹介された。そのような社会的情動は、罪悪感(guilt)・恥(shame)・狼狽(embarrassment)・自尊心(pride)などを含む。人々の社会的振舞いを強く左右するとごく素朴に予感され、過去10年間で勃興した社会神経科学・神経経済学のハイライトの1つであったこれらの感情はまた、少なくともDavid Humeの『人間本性論』やAdam Smithの『道徳感情論』以来の社会・行動科学の古典的論点でもある。加えて、喜び(joy)・美(beauty)や善(good)への意識など必ずしも心の理論とは関係を持たないかもしれない感情や価値判断の神経相関物に関する最新の研究にも触れた。

高橋氏の発表の最大の焦点は、羨望(envy)と嫉妬(jealousy)の脳神経科学的分析である。2008年の秋葉原無差別通り魔事件の犯人の言葉「人と関わりすぎると怨念で殺すし、孤独だと無差別に殺すし、難しいね」が簡潔に示すように、羨望と嫉妬をはじめとする負の社会的情動はしばしば殺人にすらつながっていく。

高橋氏らの研究は、人が羨望および「他人の不幸は密の味」という慣用句に表現された感情を抱く際の脳活動を分析した。(なお、英語や日本語にはこの感情を端的に表す単語が存在しない一方、ドイツ語にはSchadenfreudeという単語がある点も興味深い。)その結果、羨望は前帯状皮質(Dorsal anterior Cingulate Cortex)と、「他人の不幸は密の味」は線条体(Ventral Striatum)の活動と相関していることを発見した。そして、さらに興味深いことに、被験者の前帯状皮質の活動と線条体の活動との間にも正の相関が見られた。この結果を高橋氏らは「より強い葛藤や苦痛を感じがちな人々は、ひとたび葛藤や苦痛から解放されると、より強く心地よい感情を抱くことになる」と解釈している。

一方、嫉妬については、男性は女性に比べ異性の感情的不貞(emotional infidelity)よりも性的不貞(sexual infidelity)に対してより強い情動的反応を示すという嫉妬における性差について、その進化的起源に関する推測や神経相関物の紹介が行われた。

ビデオあり: 
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