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岡崎哲二「歴史制度をゲーム理論で解析」(後半)

 日本経済新聞コラム「やさしい経済学」にて3月3日より、VCASIフェローの岡崎哲二氏(東京大学)の連載が数回にわたって掲載されました。下記に許可を得て転載させていただきます。 (前回よりの続き)

[6] 共同体による連帯責任

 

  前回紹介したミルグロムらの見方に対して、グライフは次のような疑問を提起した。第一に、彼らのモデルは大市の裁判所が個々の商人を識別できることを前提にしているが、現代のような身分証明書が存在しない当時、この想定は現実的ではない。第二に、裁判所を介した評判メカニズムが機能するには、プレーヤーが十分に長い時間的な視野を持つことが必要だが、この条件も平均寿命が短かった当時においては満たされない。要するに、ミルグロムらのモデルは歴史的現実を適切に反映していないという批判である。

   その上で、グライフは12~13世紀のヨーロッパにおいて、「共同体責任制」と呼ばれる制度が、個人的関係に依存しない取引を支えたという見方を示した。当時のヨーロッパには多数の地域的共同体(コミューン)が存在した。コミューン内部には密接な人間関係があり、メンバーは相互に相手を識別することができた。一方、コミューンには強制力を持つ裁判所があったが、その管轄区域はコミューンの領域内に限定されていた。

   共同体責任制は次のようなゲームとして描写される。2つのコミューンL、Bがあり、Lの裁判所とメンバー(複数)、Bの裁判所とメンバー(複数)の4種類のプレーヤーがいると想定する。Lのメンバーの一人がBのメンバーの一人に信用を供与する。借り手であるBのメンバーには返済する、返済しない、の2つの選択肢がある。返済が行われなかった場合、貸し手であるLのメンバーは、Lの裁判所に訴えることができる。Lの裁判所は訴訟の妥当性を検証する能力を持ち、妥当性が確認された場合には、Lの領域内であるBのメンバーの資産を、当の借り手であるかどうかを問わずに差し押さえる。

  一方、Bの裁判所も訴訟の妥当性を検証し、立証された場合、自分の領域内にある当の借り手に罰金を科して、その範囲内の金額をLの裁判所に支払う。そしてLとBの裁判所のいずれかが上記の行動以外の行動をとった場合、LとBは紛争状態となって、両者間の取引は途絶える。

  各裁判所がメンバーの将来にわたる利得合計を最大化することを行動目的とするなら、上記の行動はゲームの均衡(解)となり、そうした行動が行われている限り、貸し出しも行われる。コミューンの外では個人を識別できないが、コミューン内部ではそれが可能であることを利用した、一種の連帯責任によって契約が執行されたという見方である。

 

 

[7] 「制度」を構成する要素

 

  マグリブ貿易商が行った集団的な懲罰、中世ヨーロッパにおける共同責任性の2つの実例を踏まえたうえで、グライフが提唱する比較歴史制度分析において、「制度」がどのように概念化されているかを見よう。

  グライフは制度を、「(社会的)行動に一定の規則性を与えるルール・予想・規範・組織のシステム」であると定義している。マグリブ貿易商は集団を形成しており、その集団の行動には取引相手の不正に対して集団的懲罰を加えるという潜在的な規則性もあった。潜在的というのは、ゲームの均衡経路上では不正は未然に防止され、現実にはそれが発動されることはない(なかった)ためである。

  この規則性は、①取引相手の行動履歴に関する情報がメンバー間に共有されていること②その情報に基づいて他のメンバーが集団的懲罰に参加するという予想がゲームの均衡(解)として他のメンバーが予想していることを前提にしている。情報を共有する組織としての集団と、その組織に属するメンバーが共有する他のメンバーの行動に関する予想が、グライフの定義する「制度」ということになる。

  一方、共同体責任制について見ると、他のコミューンのメンバー借入金の返済を怠ったときに発動される一連の行動が潜在的な規則性となっている。すなわち、貸し手による自分の属するコミューン裁判所への提訴→裁判所による借り手コミューンメンバー資産の差し押さえ→借り手コミューン裁判所への徴収した罰金の支払い→貸し手コミューン裁判所による被害者への罰金の支払いと、資産の差し押さえの解除、という行動である。

  共同体責任制では、こうした一連の行動がゲームの均衡になっており、コミューンとコミューン裁判所という組織、さらにそうした組織に関係するメンバーの予想の全体が「制度」ということになる。

  このように、グライフが提唱する制度の概念は、これまで論じられてきた制度概念とは異なって、制度をルール(ノースら)や公式・非公式の組織(マーク・グラノヴェッター)といった単体としてとらえるのではなく、ゲームの均衡を支えるいくつかの要素のシステムとしてとらえる点に大きな特徴がある。これらの要素は「制度的要素」と呼ばれ、制度、とりわけ、その時間的変化を理解するうえで重要な意味を持っている。

 

 

[8] 準変数で変化を説明

 

  制度の時間的な変化を内生的に、すなわち、モデルの中で説明することは、制度をゲーム理論に基づいてとらえようとする場合の理論的な難問とされてきた。

  制度をゲームの均衡(解)と考えることによって、人々が均衡から外れた行動をとらないこと、その結果、制度が安定的に存続することについては、うまく説明できる。

  他方で、ゲームの結果として生じる事象は、ゲームをプレーする時点で既に予想され、初期の制度に織り込まれているはずだから、制度の時間的変化をゲームの結果として説明するのは理屈に合わなくなる。そのため、ゲームの均衡として制度をとらえる場合、制度の時間的変化は専ら、モデルの外で外生的に生じるゲームの構造変化にその原因があると説明されてきた。

  このような問題を解決するために、グライフは次のような新たな枠組みを提案している。鍵になる概念は「準パラメータ(変数)」と呼ばれるもので、何回も繰り返されるゲーム結果の積み重ねによって、長期的には内生的に変わっていく変数のことである。この準パラメータが長期的に変化していった場合、ゲームの均衡の安定性も変わる可能性がある。

  準パラメータの変化が均衡を今までより安定的にする(均衡が成立するパラメータの範囲を大きくする)場合、その均衡を反映した制度は「自己強化的」であるといわれる。逆に、準パラメータの変化が均衡を今までより不安定にする(均衡が成立するパラメータの範囲を小さくする)場合、その均衡を反映した制度は「自己弱体化的」であるといわれる。後者では最終的に均衡が成立しなくなる。

  グライフによると、共同体責任制がコミューン(共同体)の境界を越える遠隔地取引を支えたことによって、長期的に見ると、コミューンの規模(人口)と取引の数が次第に増えていった。また商人の中には営業規模を拡大するものが現れた。ここでのコミューンの規模、取引数、商人の規模の分布が準パラメータである。

  コミューンの規模の拡大は個々の商人がどこのコミューンに所属するかを確認することを難しくしたし、共同体責任制の機能を低下させた。さらに、商人の営業規模の分布の不均等化は、共同体責任制をめぐるコミューン内部の利害対立を引き起こした。その結果、13世紀以降、ヨーロッパで共同体責任制は衰退過程に入ったのである。

 

 

(9)理論と歴史の対話

 

  先に紹介したマグリブ貿易商の集団的懲罰とヨーロッパの共同体責任制の分析例は、比較歴史制度分析の学問としての可能性をよく示しているが、半面、それは比較歴史制度分析が抱える課題の難しさを例証してもいる。

  例えば、ある時期のある場所で市場取引が円滑に行われていたという事実が観察され、その背後に何らかの執行メカニズムが存在し機能していることが推測されたとしても、それについては、様々のモデル化の仕方があり得る。実際に、12~13世紀ヨーロッパの遠隔地間取引という同じ事象について、ミルグロムらとグライフは、同じようにゲーム理論を用いながらも、全く異なる執行メカニズムを持ったモデルを構築した。

  第二に、ゲーム理論では一つのモデルにも通常、複数の均衡(解)が存在する。例えば、マグリブ貿易商について用いられたモデルには集団的懲罰が行われるという均衡があるが、商人たちが共有する予想によっては、集団的懲罰が行われないという均衡も想定される。

  第三に、マグリブ貿易商の例では、集団的懲罰という行動は、不正が有効に抑止されている均衡経路上、すなわち解が成立し、制度が成立・機能する状況では発動されないため、実際には懲罰を観察することはできない。

  さらに、人々の予想が均衡の選択に影響を与えるという先の例からも明らかなように、予想や規範といった外部からは観察できない要素が制度にとって、本質的な、大きな意味を持っている。

  これらの問題に対処するには、グライフが「理論―歴史対話型分析」と呼んでいる、歴史分析とモデル分析を適切に組み合わせる必要がある。契約書、手紙、日記、裁判記録、法令等の史料は、ゲームの構造を特定化するための有用な情報源となる。分析者はこれら史料に基づいて、ゲームのプレーヤーらが利用できる情報、プレーヤーらの戦略、その戦略に対応した利得などを、歴史的事実と適合する形で特定していく作業が求められる。モデルを特定化することによって、そのモデルがとらえるメカニズムが、現実に存在し機能したかどうかなどを確認することができる。

  モデルを作成する際に参照した事柄を説明できるかどうかが、そのモデルに立脚した分析の妥当性を評価する際の第1の試金石となる。これをクリアした場合、次に、分析の一般性を検証するため、モデルの含意とモデル作成の際に参照しなかった事実を対照するという第2段階のテストが行われる。 

 

 

 (10)制度の本質に迫る

 

  第1回で触れたアセモグルらの論文は、現代の各国の間で制度の質は大きく分散(相違)しており、制度の質の違いが各国の1人当たり国内総生産(GDP)の分散の相当部分を説明することを明らかにした。例えば、制度の質に関する変数の上から4分の1に位置するチリと、下から4分の1に位置するナイジェリアの間では、制度要因だけで、1人当たりGDPに約7倍の差異が生じている。

  東・西ドイツ、韓国・北朝鮮といった分断された国家における、分断後の地域別経済パフォーマンスの相違も、制度の重要性を明確に示すものである。制度の重要性はすでに否定しがたいものとなっている。

  しかし、制度とは何か、制度はなぜ存続するのか、制度はどのように変化するのか、制度はどのように分析すべきなのかといった基本的な問いに対して、今のところまだ十分な答えが見つかっていない。そのようななかで、グライフの提唱する比較歴史制度分析の考え方は、青木昌彦スタンフォード大学名誉教授の一連の研究とともに、制度分析を大きく前進させるものであるといえよう。

  グライフの貢献のなかで、筆者が特に重要と考える第一の点は、制度の変化を内生的に説明する(モデルの内部で説明する)単一の分析的枠組みを提案したことである。これによって、制度分析にゲーム理論を応用する際の難問に解決の足がかりが与えられた。

  第一の点とも関連するが、第二に、制度を制度的要素(ルール・予想・規範・組織)のシステムとしてとらえる(定義する)という見方(制度観)が挙げられる。この見方の採用によって、制度が変化する際、過去の制度が現在・将来の制度に影響を与えるという現象の理解が可能になった。元の制度が均衡(解)として実現しなくなっても(新しい制度に変わっても)、それを構成していた要素のあるものは存続し、新しい制度の要素となり得るからである。

  さらに、ルールや予想、規範、組織と制度との関係に着目した結果、法学、社会学、心理学、歴史学等の幅広い分野の研究成果を制度分析に活用することが可能になった。

  経済史分野に初めてゲーム理論に基づく制度分析と導入した意味は非常に大きい。単に経済史研究を大きく前進させるだけでなく、経済史を通じて研究者が制度の本質に迫る途を開いたともいえるからである。