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『学校選択制のデザイン』解説


 

『学校選択制のデザイン』 
安田洋祐、青木 昌彦、川越 敏司、小島 武仁、、佐藤 孝弘、瀧澤 弘和、友枝 健太郎、成田 悠輔

 

 

解説 政策研究大学院大学  安田洋祐

本書は、ゲーム理論研究で明らかにされた最先端の知見をバックグラウンドに、日本の学校選択制の実態や問題点を自治体レベルからくみ上げつつ、制度の改善や設計にどうような示唆が得られるかを、さまざまな角度から探求した意欲作である。この解説では、ゲーム理論がどのように学校選択制やそのデザインと関係しているのかを簡単に説明することで、本書の内容の大まかな見取り図を提供したい。また、本書のアプローチでは扱うことができない論点、つまりゲーム理論アプローチの限界についても同時に触れる。関心を持たれた読者の方は、ぜひ実際に書籍を手にとって頂ければ幸いである。

 

1. ゲーム理論アプローチとは何か?

ゲーム理論は、ある集団の中でお互いの行動が影響を及ぼし合うような、戦略的状況を分析するための応用数学の一分野である。近年は、ゲーム理論に関する啓蒙書の出版や、ゲーム理論研究者のノーベル賞受賞が相次いだため、一般の方にもその名前は浸透しつつあるだろう。余談ではあるが、映画好きの方であれば、ラッセル・クロウ演じる数学者ジョン・ナッシュの人生を描いた2002年度のアカデミー賞映画『ビューティフル・マインド』をご存知かもしれない。この主人公ジョン・ナッシュこそ、ゲーム理論に対する貢献によりノーベル賞を受賞した最初の人物なのである。(1994年に、ラインハルト・ゼルテン、ジョン・ハーサニの2名と共同受賞。)

ゲーム理論の分析対象である戦略的状況は、我々の社会生活や経済活動のあらゆる場面で登場する。例えば、市場競争における企業の戦略決定や、恋愛や交渉ごとにおける駆け引き、部署内の共同作業など、参加者同士の行動が影響を及ぼし合うような状況は数え上げればキリがない。もっと馴染みやすい例をあげると、エスカレーターの右側を空けるべきか、あるいは左側を空けるべきか? といった日常生活のありふれた1コマも、実は立派な戦略的状況である。(このエスカレーターを単純化したゲームでは、「(急いでいない)全員が右側を空ける」と、「全員が左側を空ける」の両方が、理論的に予想される結果となることが知られている。現実にも、前者は東京、後者は大阪で、といった具合にどちらの結果も観察され、ゲーム理論の説明力の豊かさを示す興味深い例となっている。)

しかし、20世紀半ばにゲーム理論が確立されるまで、こうした戦略的状況にメスを入れることのできる適切な分析道具は知られていなかった。人間社会、あるいは社会科学に固有の現象である戦略的状況の分析には、自然現象や機械を相手とする自然科学にはない本質的な難しさが隠されており、既存の数学理論では全く歯が立たなかったからである。

戦略的状況の分析を難しくする本質的な要因は、参加者同士の戦略的な相互依存関係にある。お互いの行動が影響を及ぼし合うということは、自分にとって最適な行動が、他の参加者の行動によって変化する可能性があることを意味する。相手の取る行動が何であるかをあらかじめ分かっていれば、自分の最適な行動を計算するのは容易だが、実際の相手は自然現象や機械ではなく生身の人間である。個々人にとって最適な行動を決定するためには、お互いに相手の行動を予測しあう必要があるのだ。詳細は専門的な解説書に譲るが、ゲーム理論はこうした“読み合い”の状況をうまく扱い、戦略的状況における結果の予測や、参加者達の厚生を評価するための一般原理を提供することに成功した。今日ではその有用性が多くの研究者によって認められ、経済学をはじめ、経営学、政治学、社会学など、幅広い分野へゲーム理論は応用されている。

2. ゲーム理論と学校選択制の関係

ここまで、簡潔ではあるが、ゲーム理論および戦略的状況について説明してきた。次に、いったいこれらが学校選択問題とどのような関係にあるのかを考えていきたい。一見すると学校選択制は、行きたい学校を単純に選択するだけなので、上述した戦略的状況とは縁がないように思えるかもしれない。しかし、学校選択制を利用してある学校を希望した場合に、実際に自分がその学校へ入学できるかどうかは、他の生徒たちの選択に大きく依存するのである。なぜなら、(日本の各自治体が採用している現行の学校選択制の運営方式の下では)希望者が受け入れ定員を下回っていれば自動的に入学が許可されるが、定員を上回った場合には抽選によって漏れてしまう危険性があるからである。

この点についてもう少し詳しく見ていこう。例えば、自分が最も魅力的だと考える学校は他の生徒にとっても魅力的であり、人気の集中から抽選になる可能性がある。他方で2番目に魅力的だと考える学校はあまり人気ではなく、選択すれば確実に入学できる場合を考えよう。このときに重要なのは、1番目の学校を単純に選択するのが最適な行動であるとは限らない、という点だ。1番目と2番目のどちらの学校を選ぶべきなのかは、自分自身がそれぞれの学校に対して感じている魅力だけではなく、抽選漏れの危険性がどの程度あるのかにも依存する。そして、この抽選が起こる可能性は他の生徒たちの選択行動によって決まるため、彼らの選択を予想しながら戦略的に考えなければならない。このように、相手の行動をお互いに読みつつ選択を行うという戦略的な相互依存関係が、本書の主題である学校選択問題においてまさに登場するのである。

ゲーム理論は、分析対象となる戦略的状況に応じて、さまざまな分野に枝分かれしている。その中で、学校選択制の研究において特に有用性が認められているのが、マッチング理論と呼ばれる分野だ。マッチング理論は、結婚市場における男性と女性、労働市場における労働者と企業など、2つの異なる集団に属する人と人(あるいは組織)のパートナー形成について扱う、ゲーム理論の応用分野である。学校選択の問題も「生徒と学校をいかにマッチングさせるか?」というパートナー形成の問題として考えることができるため、マッチング理論を用いて分析するのは自然な発想と言えるだろう。本書の掲げる「ゲーム理論アプローチ」とは、具体的には、マッチング理論を応用して学校選択制について分析するという姿勢を表している。

では次に、マッチング理論を用いることによって、学校選択制に関するどのような分析が可能になるのかについて見ていこう。

3. ゲーム理論アプローチで何ができるのか?

学校選択制を分析する上で、本書がその中心に置いている視点は、タイトルでもある「学校選択制のデザイン」である。以下では、学校選択の問題においてなぜデザインの視点が重要なのか、そしてマッチング理論がデザインを考える上でなぜ欠かせない分析道具なのか、について述べていきたい。

学校選択制と一口に言っても、実際の制度の運営方法やルールには様々なものが考えられる。たとえば、日本と米国では、採用されている学校選択制の運営方式は大きく異なるし、国内においても、自治体ごとに何種類かの異なる方式が採用されている。また、現実にはまだ実践されていないような想像上のものまで含めると、学校選択制の運営方式には膨大な数の選択肢が存在すると言えるだろう。

言うまでもなく、制度の運営方法が異なれば、学校選択制のもたらす効果や影響にも違いが生まれる可能性がある。現行制度のもとでいくつか報告されている問題点も、運営方法を変更するとによって解決できるかもしれない。そのため、「現行方式による制度運営が本当に望ましいのか?」「選択制の狙いを達成するためによりふさわしい運営方式は考えられないのか?」といった、学校選択制を“デザインする”視点が不可欠なのである。

ところが、学校選択制をめぐる従来の議論では、こういった制度の多様性や個々の運営方式の内容がきちんと考慮されてはこなかった。その代わりに、現在使用されている“特定の”運営方式について、導入(存続)か廃止かという二者択一的な視点に基づいた分析がもっぱら行われてきたのである。つまり、本来はもっと注意を払うべきであるデザインの視点が、完全に欠けていたのだ。今まで焦点があてられていなかった、このデザインに関する分析を可能にするのが、マッチング理論を用いたゲーム理論アプローチなのである。

マッチング理論は、個々の運営方式の下で生徒と学校がどのようにマッチするのかに関する、理論的な予測を与えてくれる。異なる運営方式は、異なる戦略的な状況と解釈することができるが、マッチング理論の考え方を用いれば、それぞれの戦略的な状況において各生徒がどういった選択行動を取るかについて予測できるからである。この理論的な予測は、今まで実践されていないような、新たな運営方式を検討する上では特に重要性が高い。実際にアメリカのニューヨーク市とボストン市で、旧来の実務的・直感的な運営方式から理論的に望ましいと考えられていた新方式へと制度変更が行われた際には、まさにこのマッチング理論の知見が活用されたのである。

マッチング理論の有用性はこれだけにとどまらない。実は、戦略的な状況を分析するため“だけ”の道具ではなく、どのような運営方式を用いれば戦略的な行動を“引き起こさない”で済むか、についてもマッチング理論は役立てることができる。つまり、生徒や保護者が戦略的に小難しいことを考えても得ができず、正直に行きたい学校を選択するのが最適となるような運営方式を、どのようにデザインすればよいのかについても教えてくれるのである。(このように、何らかの望ましい性質を目的として、その性質を持つ運営方式の制度設計について検討するゲーム理論の一分野を、メカニズムデザインと呼ぶ。)

さらに、マッチング理論は、生徒たちの満足度を客観的に評価するためのさまざまな概念も同時に生み出してきた。これにより、単なる印象論に基づく評価ではなく、より“効率的な”方式や、より“公平な”方式といった基準で、異なる運営方式の性能を厳密に比較することができるのである。学校選択に限らず、教育に関する議論は往々にして主観的な思い込みやイデオロギーに左右されやすいため、こうした客観的な評価基準が与えられていることの意義は極めて大きいと考えられる。別の言い方をすると、マッチング理論は、生徒や保護者の学校選択制に対する満足度を、いくつかの基準によって客観的に評価することを可能にする強力な分析道具なのである。

4. ゲーム理論アプローチの限界

さて、ここまではゲーム理論アプローチを用いることによって、本書が“できること”を一貫して述べてきた。最後に、本書の立ち位置をより明確にするために(そして読者のみなさんを後から失望させないように)、本書では“できないこと”についても触れておきたい。そのために、まずは学校選択制が与える影響について考えよう。

学校選択制の導入が、生徒・保護者の満足度や学校生活へもたらす効果についてはさまざまなものが考えられるが、影響の大きなものとして次の3種類は欠かすことができないだろう。第1に挙げられるのは、生徒や保護者の学校選択の自由が拡大し、それに伴ってより魅力的な学校に入学することができるようになる、という効果である。この、学校を選べることから直接生じる利益を、便宜的に選択の自由(による利益)と呼ぶことにしよう。第2に、学校が選ばれる対象となることで、教育への取り組み方に変化が生じ、特色ある教育・より質の高い教育が実現されるという効果が考えられる。これは、世間ではしばしば競争の利益と言われているものだ。最後に、どの生徒と一緒の学校に入学するかによって引き起こされる、学校生活に対する満足度や、入学後の成績へ与える影響が挙げられる。これは一般に同級生効果(peer effect)と呼ばれている。

この中で、マッチング理論を用いて歯切れのよい分析ができるのは、いまのところ第1の選択の自由のみである。実は、第3の同級生効果が生徒の学校に対する魅力に与える影響は、本来的にはマッチング理論の枠組みの中で扱うことができる。しかし、同級生効果を考慮に入れると、戦略的な相互依存関係が非常に複雑になるため、残念ながら現状ではほとんど満足のいく研究成果が得られていない。第2の競争の利益については、生徒や教員の中長期的な行動の変化に関する予測を行うことができないマッチング理論では、そもそも扱うことができない。

競争の利益(あるいは競争の悲劇)が存在するかどうかについては、学校選択制を巡る既存の議論の中でも大きな関心が寄せられている。そのため、一見するとこの問題について理論的な視点を提供できないのは、本書の抱える大きな限界であるように思われるかもしれない。しかし、本編で詳しく紹介されるように、少なくとも(米国における)客観的なデータに基づく一連の実証研究によれば、学校選択の度合いが増えることで、どの程度の競争の利益・不利益が発生しているのかについて明確な結論は得られていない。また、日本においてはデータがほとんど揃っておらず、学校選択に関する実証研究自体が非常に少ない。これは、競争の利益の視点からでは、学校選択制に関する政策的な含意を引き出すことは難しいことを意味する。

このように、現時点での学校選択制研究では、第2の効果(=競争の利益)や第3の効果(=同級生効果)について、はっきりしたことが分かっていない。そこで、本書は第1の効果である選択の自由について明確な結論を下すことに価値を置き、アプローチとしての有用性を認めるものである。

5. 本書の目次および概要

最後に、本書の構成と各章の概要について簡単に触れる。目次は以下のとおりである。

出版によせて(青木昌彦)

まえがき(安田洋祐)

プロローグ(安田洋祐)

 —第1部 学校選択制の現状分析—

第1章 日本における学校選択制(佐藤孝弘)

第2章 米国における学校選択制(友枝健太郎・成田悠輔)

 —第2部 学校選択制の理論分析—

第3章 マッチング理論による分析(瀧澤弘和・川越敏司)

第4章 米国におけるマッチング理論の実践(友枝健太郎・成田悠輔)

第5章 学校選択問題のフロンティア(小島武仁・安田洋祐)

 —第3部 より良い学校選択制をめざして—

第6章 学校選択制に関する政策提言(安田洋祐)

次に、本編各章の内容を解説しながら、本書の流れを簡単に紹介したい。本書がカバーする内容の全体像を少しでも掴み取って頂ければ幸いである。

冒頭の第1章「日本における学校選択制(佐藤)」では、本書の分析の出発点として欠かすことのできない、わが国における学校選択制の制度的な背景や現状ついて詳しく述べる。具体的には、学校選択制の定義や法的根拠に始まり、どのような経緯で学校選択制が日本で採用されるに至ったのか、そして現在どの程度普及しているのか、といった点について、政府の公開データなどを参照しつつ分かりやすく解説する。また、我々が多くの自治体教育委員会へ聞き取り調査を行い、最も精力的に現状を調査した東京都については、これらの調査内容をふまえつつ、より細かい現状分析を行う。

続く第2章「米国における学校選択制(友枝・成田)」では、日本とは異なる制度運営が行われている米国の学校選択制について、その背景と制度変更の実践例を紹介する。1980年代から既に学校選択制の普及が始まっていた米国では「個々の自治体がどのように制度運営を行っていくべきか?」というデザインの視点が、早くから学校選択制を巡る議論に持ち込まれていた。こうした中、学校選択制の制度疲弊に苦しんでいたニューヨーク市とボストン市では、2000年代に入ってから相次いで、経済学者グループの提案した新方式が(両市でそれぞれ使用されていた旧方式に代わって)採用される、という象徴的な出来事が起きた。第2章では、米国の両市が経験したこの重大な制度変更について、細かい運営方式や理論的な要点には立ち入らずに、その流れや制度的な背景を解説する。また、学校選択に関連した制度である、バウチャー制度やチャーター・スクールについても触れる。

第3章「マッチング理論による分析(川越・瀧澤)」では、本書の理論分析の柱であるマッチング理論について、その基本的な枠組みを詳しく解説する。まず、マッチングの「安定性」や運営方式の「耐戦略性」といった、マッチング問題の理解に欠かすことのできない基本的な概念を定義する。そして、伝統的なマッチング理論の研究の中で、望ましい結果を生み出すことが知られている「受入保留(deferred acceptance)」方式と「トップ・トレーディング・サイクル(top trading cycles )」方式という、代表的なマッチングの運営方式を紹介する。これら2つに加え、通称「ボストン」方式と呼ばれる、ボストン市で2004年まで実際に使用されていた運営方式の三者について、理論的な性質を明らかにすると共に、被験者を用いた経済実験によってそれらの性能を比較したいくつかの学術研究を解説する。

第4章「米国におけるマッチング理論の実践(友枝・成田)」では、第2章で触れるニューヨーク市とボストン市の制度変更について、理論的な視点から更なる検討を行う。「両市がなぜ受入保留方式を採用したのか?」また「旧方式と比べてどういった利点があったのか?」といった点について、第3章の理論的な枠組みをふまえた上で詳しい解説を試みる。第2章の制度的な背景と合わせて読むことにより、この10年弱で得られた学術的知見が、米国においていかに現実の政策決定に影響を及ぼしているのかを理解することができるだろう。また、第4章で展開される議論は、マッチング理論を現実の学校選択問題にどう応用・実践するのかに関して、重要な論点や教訓を数多く含んでいる。日本における学校選択制のデザインを考える上でも、この米国での経験は、有益な示唆に富んでいると言えるだろう。

理論編の最後を飾る第5章「学校選択問題のフロンティア(小島・安田)」では、日進月歩で発展する学校選択制のマッチング理論研究について、近年の新たな研究動向を紹介する。ここでは主に、第3章で解説するマッチング理論の基本的な枠組みには、学校選択問題を考える上で不適切な箇所があり、より現実的な理論モデルが、従来信じられてきた結果を大きく覆す可能性があることを示す。特に、マッチング問題で中心的な位置を占める受入保留方式について、いままで知られてこなかった潜在的な欠点をいくつかの側面から明らかにする。また、第3章で登場した代表的な学校選択制の運営方式以外に、近年提案された新たな運営方式をいくつか紹介し、それらの理論的な性質を議論する。

終章の6章「学校選択制に関する政策提言(安田)」では、第1章から第5章までの分析をふまえた上で、現在日本の多くの自治体で採用されている代表的な学校選択制の運営方式について、まず理論的な視点から性能の評価を試みる。次に、コンピュータ・シミュレーションによるテストを通じて、本書で扱った代表的な運営方式と比べて、日本の現行方式がどの程度の成果をあげているのかを検討する。最後に、より望ましい学校選択制を実現するために、各自治体の実績に応じてどのような制度運営が必要かを分析し、本書の特徴であるデザインの視点から政策提言を述べる。

執筆者チームよりのコメント